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再訪の対談。カクシンハン木村龍之介 × 演劇制作プロデューサー久原淳子の場合。

7月29日(金)から31日(日)までの3日間、東京でも話題のシアターカンパニー、カクシンハンが東京以外では初となる地方公演『カクシンハンPOCKET03「じゃじゃ馬ならし』大分(玖珠ここのえ)公演』玖珠町立わらべの館にて開催されます。

シアターカンパニー カクシンハン主宰の木村龍之介さんとYadorigiでカクシンハン版「ヘンリー六世 三部作」「リチャード三世」レビューを書いてくれた演劇制作プロデューサー久原淳子による大分公演開催前のスペシャル対談です。

演劇に興味を持ったキッカケ、「じゃじゃ馬ならし」のこと、大分公演への想い、そしてこれから。が詰まった濃い〜い内容になっています。

それでは「再訪の対談。カクシンハン木村龍之介 × 演劇制作プロデューサー久原淳子の場合。」をお楽しみください!

 
演劇制作プロデューサー久原淳子(以下、久原)
:演劇をやっている仲間が前から観に行っていて、面白いから観に行ってみなってずっと言われてて。今回ようやく良いタイミングで、あんなにたっぷり(「POCKET HISTORYヘンリー六世三部作」と「リチャード三世」約70分×3作+2時間40分)観ることができて、、でも全部、受け取れたり、吸収できてるのかなって。あまりにもたっぷり過ぎて。
 
カクシンハン主宰 木村龍之介(以下、木村)
:僕らとしては「シェイクスピア面白かった」「演劇面白かった」ってことを一番大切に創っているつもりなので、久原さんが(カクシンハン版「ヘンリー六世三部作」「リチャード三世」レビューで)ストレートに「面白かった!」って書いてくださって嬉しかったです。解釈的なところでの挑戦はしていますが、それは伝わる人に伝わればいいかなぁと。やっぱりシェイクスピアの歴史劇って、日本人の僕らからすると、よその国の歴史で、出来事として遠いし、小難しい。そういうイメージを少しでも僕らなりに覆したいなぁっていうのがありました。特にレビューの中で「世界史のテスト8点でも面白かった。」って言ってくださったのはホッとしました。笑
 
久原:恥ずかしい過去が。笑
 
木村:嬉しい言葉ですね。。
 
久原:本当に素直に観ることができました。あれだけの登場人物が入れ替わり立ち替わりで、しかも一人の役者が複数もの役柄を取っ替え引っ替えやっているにもかかわらず、そこを頭の中で整理をしたりと無駄な作業をしなくても、目の前で起こっていることを観ていれば楽しめるっていうのは素晴らしいことでした。簡単に楽しく見せているのに、とても高度なことを緻密に計算しているんだろうなっていうのを観終わって初めて気がつきました。歴史背景がどうだとかそういうこともなく、観終わった後に、何でこんなに何も考えずにストーリーを楽しめたんだろう?って、ふっと考えた時に初めて気づくっていう、その緻密さ。素晴らしい演劇の鑑賞時間だったなということを裏付けていてますね。自分で文章化する為に考えて、初めて気がつきました。なので世界史8点でも大丈夫でした。笑
 
木村:座組み一同頑張った甲斐がありました。本当にみんなでせっせと創りましたから。笑。「お客さんと一緒に大きな歴史を作り上げたい」というのがあったので、ともに走ってくれたお客様のおかげでもあり、小さな空間でシェイクスピアをやる喜びは役者やスタッフのみんなにもあったと思います。
 
久原:ちゃんとシェイクスピア劇の観客をの方を向いたり、同意(頷き)を求めるところとかをちょこちょこやっていて。はははってすんごい笑ってたら近づいて来られて、すごい顔を見られてて。笑
 
木村:ピーター・ブルックという演出家の「なにもない空間」っていう本があって、そこに「良い芝居を創りたかったら役者は何でも出来ると信じることだ」と書いてて。とくに今回は自分の中でそこを突破口にしていきたいなと思って創っていました。
 
久原:あれを4本とカウントすれば4本しか観てないのだけど、今後、カクシンハンは観続けていきたいし、芝居が好きな人も好きでない人にも紹介をしたいととても強く思いました。
 
木村:チーム一丸で頑張ります!笑
 
久原:演出するにもいろんな方法があると思うのですが、どういうことを意識していますか?
 
木村:すごい演出家、すごい俳優など、突出した一人の才能によってとんでもない演劇が創られるのも素晴らしいと思いますが、それだけじゃない力も模索したい。カクシンハンでは、創作に関わる全ての人間が、それぞれにいろんなことを発信しながら創ってくっていうことが大事。だからどの人の意見も等価に受け入れることを、稽古のはじめの段階では気をつけています。とにかくコミュニケーションをたくさん取るというのが意図です。僕は個性の強い俳優やアーティストが好きなので。とても大変ですけど。笑
 
久原:笑
 
木村:僕は演出家なので、コンセプトを立てて、最終的なジャッジはするし、当然まとめます。ただし、できるだけ新しいものを創る為に、僕が掲げたものに「みんなで突っ走る、創作する」というのを主眼にしています。そのバランスは上演する作品に応じて変えてます。あとはもう、頑張るしかない。笑。相手が巨大なので、シェイクスピアはやっぱり。ギリギリまで最高のものが作れるように、極限まで創作に明け暮れます。
 
久原:なるべくいろいろ観ようと思っていて、シェイクスピアもいろいろな演出家の方のを観てきましたけど、今回が一番、台詞を聞くことに苦労しなかったんです。どうしても大舞台とかビッグネームな俳優がやっているシェイクスピア劇を観たりすると、、、まぁ確かにそうなんだよね、って。なんだけれども、一般の人とか、市井のひとが観に来る芝居っだったはずのものなのに妙に「古典」という部分が強調されているというか、抑揚をつけることに必死で、それはリズミカルではあるけれども、無駄についた抑揚のお陰でイントネーションがよくわからなくなり、言葉の文節の区切りとか、どこにどういう単語が並んでいるということまでが音楽のように聴こえてきてしまって、歌うように話すのは大切かも知れないけど、歌われてしまうと聞き流しちゃうんですよね。同じ抑揚の台詞をリズミカルだというふうにやられると辛いんですよね、一つ一つの台詞が長いから。それでシェイクスピアは身構えないと観られない芝居に私の中でなりつつあった時に、ちょうど良いタイミングで出会えました。やっぱり、こういふうに聞きやすい芝居をしてもシェイクスピア劇っていうのは本来、成り立つものなんだということを再確認できたし。あと私、勉強不足だったなと思ったんですが松岡和子さん翻訳だと何が決定的に違うかって、女性がメソメソした台詞回しじゃなくて気持ち良かったんです。男性版翻訳だとヨロヨロヨロってなってる女性の台詞が多くて、うんざりしていたんですが、松岡さんの翻訳力というか素晴らしさっていうのが、やっと理解できました。
 
木村:それは松岡さんの大きな功績ですし、素晴らしさですね。大尊敬している大先輩です。
 
久原:蜷川さんの時も、松岡さんの。あぁだからあんまり嫌な感じはなかったんだって。蜷川さんの舞台を観ている時には、申し訳ないけど、何となく蜷川さんが偉大な演出家だから、すごく上手に創ってるんだろう、みたいな。そういう先入観だったので翻訳家にまで気が回らなかったんだけど、今回は俳優の皆さんが平等な平地に立って芝居を一挙にこちらに発信してくれいたので、その部分に気がつけたのかなって思いました。失礼な話かも知れないけど、どの俳優が看板だとかを意識せずに観られたからかなって。で、また男性が女性役をしてたりするのも全然気にならなかった。全員、男性っていうのは蜷川さんでもありましたけど、それこそ大分公演でする「じゃじゃ馬ならし」でも。男性が女性をやったり、女性が男性をやったりっていうのは面白がらせようとやってるんじゃなくて、必然性があってやってるんだなっていうのがわかりました。
 
木村:僕は演出家として、台本も俳優も音楽も美術も、全部等価でその良さをそれぞれ最大限に活かしたい。そういう意味ではシェイクスピアの言葉も俳優の個性も僕にとってはイコール。クラシックミュージックも現代ミュージックも全部イコール。その上でそれぞれの要素がバトルを繰り広げて、その火花が上演のエネルギーになると考えています。戯曲に迫りたいという大目標が前提ですが。
 
久原:良いバランスで舞台上が充実していて。舞台上が充実しているという言葉を使いましたけど、演出の部分や俳優さんの個性が疾走する部分で、遊びとかちょっとしたハズしがあるけど、それがうるさくなったり邪魔にならないというのは、舞台の上が充実しているということですよね。舞台の上を埋め尽くすことはできるんですけど、充実させるということは実は難しいことで、できていると思っている人ほどできていない、埋めてるけど満ちてはいない、言葉にすると。それが目で観てわかったので良かったな。良かったな、ばっかり言ってる?さっきから。笑
 
木村:ありがとうございます。笑
 
久原:こんなにまだシェイクスピアハイに陥ってるっていうことは本当に楽しかったんだと思います。観てる間中も楽しかったし、観終わってからも楽しかった。芝居を観てこんなにも楽しいと思えるのは幸せですね。感動だけじゃなくて感情が身体に残って染み渡ってます。早く次が観たい。
 
木村:頑張ります。笑
 
久原:カクシンハンっていう名前はなぜつけたんですか?
 
木村:「カクシン」という言葉が、アーティストであり続ける鍵だと思っています。いろいろな漢字が想像できると思います。いつも挑戦することを忘れずに創作し続けたいという思いからですね。
 
久原:シェイクスピア劇にこだわってる理由は何かありますか?
 
木村:三つくらいあって、一つはすごい作品だと言われて四百年残ってきた作品に、数々の偉大な演出家や俳優が挑んできたように、挑んでみたいという野心です。高い山だから挑戦したいという素朴な想い。そこからさらに深めていくことで、いろんな人と繋がれるんじゃないか、というのが二つ目です。今後、東京や、玖珠でやっていっても、あるいは海外でやってもシェイクスピアだったら、人間の深いところで繋がりつつ、共通の演劇のルールの中で差異も含めて挑戦できる。あるいは自分たちの個性もそこで見せられる。それはたぶん、演劇の作品創りにとって大事なことです。文化や世代によって差異が見えることが演劇の面白さですから。それが一番分かりやすいのがシェイクスピアだと思います。三つ目は、何て言ったらいいかいつも迷うんですけど、村上春樹の言葉を借りると、「自分のことを語る時に、自分のことをそのまま語るよりもカキフライについて語った方が、自分のことがよりストレートに語れる。」みたいなこと言っていて、そのカキフライがシェイクスピアだと思っています。僕は三十二才ですが、僕らは静かな無表情な世代とか言われて、年配の人には大人しく見られているけど、かなり激しい世界を生きてきたと思います。3.11もオウムも酒鬼薔薇みたいな事件もあって、激動の時代です。でもそのことについて直接的に語るよりも、シェイクスピアを通じてとか、そういうふうに語る方が、演劇として「何か」を掴めるんじゃないか、あるいは、表現者としてフェアーなんじゃないかと思っていて。『リチャード三世』とかも母から阻害された人、集団から阻害された人について考える時に、シェイクスピアを、村上春樹におけるカキフライみたいなものとして扱った方が、現代劇としても何か、僕らの今を投影できるんじゃないかと思ったんです。深いところで。
 
久原:シェイクスピアの作品自体に興味を持ち始めたのはいつくらいですか?
 
木村:僕はバンドが好きで。東大に入るまではお金なくて、自宅浪人というのを大阪でやってました。フラフラしてて、よし!東大に行って音楽やるんだ!って思って猛勉強しました。笑。ただ東京に来て、僕は音楽好きだけどプレイヤーとしてはできないなって痛感して、そんな時に図書館でパラパラ本を見てて、マクベスを手に取ったんですよ。何だこれは!?魔女出てきた!何かすげーって思って。詩的だし。で、帰りがけに渋谷のTSUTAYAに行ったら、たまたまNINAGAWAマクベスに出会ったんですよ。
 
久原:何という出会い!?
 
木村:でもパッケージ的に僕が読んだ戯曲と違うぞ?と思って、まだビデオだったと思うんですけど。テレビデオに入れて観たら仏壇の中でバーナムの森が桜で。なんてことだ!こんなすごいことはないぞ!と思って、そこからシェイクスピアと蜷川さんの演出というのに興味を持って。なので大学に入ってからですね。
 
久原:俳優もやっていたということをパンフレットのプロフィールで見たのですが演出の前に演じることからされていたんですか?
 
木村:英語劇だったらESSで演出できるらしいということだったので、とりあえず入って。笑
 
久原:笑
 
木村:で、演出したんですよ。面白いなぁと思って。その時に蜷川さんの稽古場に行きたいっていうことをある劇評家さん経由で伝えてもらって、「じゃあ稽古場観に来なよ。」って言ってもらえて。蜷川スタジオの演出部で蜷川さんのお茶汲みなんかもしてたんですよ。短期間ですけど。「タイタス・アンドロニカス」っていう作品で吉田鋼太郎さんがタイタスをやった稽古場をずっと観てて、なんてすごいんだ!って思って。シェイクスピアシアターっていうところに鋼太郎さんはいたって聞いたので、覗きに行ったら、「人が足りないから、ちょっと役者やってみないかね?」って言われて。笑。それで、「はい。」って言って、やってるうちに三年くらい役者やって、旅回りもいっぱいやってたんです。百ステージ以上は。笑
 
久原:かなりのキャリアじゃないですか!?
 
木村:三年でシェイクスピアを、『じゃじゃ馬ならし』ではルーセンショーをやりましたし。『夏の夜の夢』ではディミートリアスやりました。『間違いの喜劇』なんか三役くらいやったんですよ。他にもいろいろな作品に出ました。
 
久原:えー、すごい!!
 
木村:で、三年くらい経った時に「あ、演出やりたいんだった!」って思い出して。笑
 
久原:笑。そんな中核の良い役をやり続けてたのに、いきなり思い出した?
 
木村:もうその時は必死だったので。出口典雄さんというすごい厳しい演出家で。あとやっぱり才能ある俳優を観て、僕はそっちのタイプじゃないなあっていうのもあって。そしたら文学座付属演劇研究所というところで演出を学べるということで、自分がやりたいことはいっぱい学んだ方がいいかなって思って入りました。すぐにカンパニーを立ち上げるとかっていうより。だからいつの間にか三年くらい役者をやってたっていう感じです。
 
久原:演出する時って木村さんは怖いタイプですか?
 
木村:どうでしょう??演出するには凄まじいエネルギーが要ります。なんせ僕が好きなのは、優れた個性のある役者さんです。作品としてもエネルギーがあるものが創りたいですし、普段じゃ触れられないものに触れたいと僕は思うので。必然的に激烈な稽古場になりますよね。役者もスタッフもマジですから。僕は、あんまり厳しくないと思うんですけどね。笑
 
久原:笑
 
木村:たぶんですけどね。笑
 
久原:笑。今回の話になりますけど、カクシンハンPOCKET03『じゃじゃ馬ならし』大分・東京公演。大分公演??なぜ大分でやろうと思ったんですか?
 
木村:演劇において、祝祭とか、大自然の力とかを捨てちゃダメなのかなって思っていて。そういう都市とは違う演劇の力みたいなものも探求していきたい。都市と自然、その二つを同じように等価でやっていきたいなって思った時に、「あっ、玖珠だ!」って思いました。(*詳しくはYadorigi特別連載『じゃじゃ馬たちは今夜もねむらせない』へ)玖珠は、いいですよね、温泉があって、自然も多いし。都会では封印してた、土着的な部分とか、見て見ぬふりしてきたところと、自分としても出会って交錯するとどうなるんだろう?っていう好奇心もあります。
 
久原:玖珠にはどれくらい居たんですか?
 
木村:すごく点々としていたので、三年くらいかなぁと思います。というのも離婚した母が激しい人で。笑。どんどん、突っ走る。住む場所もどんどん変わる。
 
久原:笑
 
木村:パワーありますよね?九州の人たちって。
 
久原:滞在制作するアーティストからも聞きますね。九州は違うって。一度受け入れられたら、商店街歩いてたらおかずがもらえるとか、東京では有り得ないようなことがどんどん起き始めて、びっくりの連続だって。町の規模とか回遊している絶対的な人口数の違いっていうのがその差異を生むのかも知れないけど。ここ発信で全国ツアーを団体が始めちゃったりするとものすごく喜びますね。「うちで創ったもので、あいつら全国周りよんぞ!」って。自分のところから育っていった感というか純粋に応援しているんですよね。なので、いつ帰ってきても立ち寄っても「おかえり」っていう感覚なんです。でも、そこまで飛び込んできてくれるからこそなので、地元っていう意識を持ってやってくれるんだったら、こちらも受け入れやすいし、町の人たちも歓迎してくれると思います。
 
木村:そういう飛び込む感覚って僕は結構、封印してきたので。笑
 
久原:笑
 
木村:向き合ってみたいなって。
 
久原:シェイクスピアをやりたいと思った理由でさっきもおっしゃってましたけど、それにも共通してるところがあるかなと思うことが。狭い空間とか小さいスペースでの共通事項とか認識っていうのは新しく生まれてきているんだけれども、普遍的に長く継承されているものがどんどん稀薄になっていってて。言語化できなくて、ふんわり思っている人はたくさんいると思うんですけど、創作現場で若い人と言葉が通じない時っていうのは何なんだろうって皆がよく言っているんです。言葉が通じないって言ってしまうと、まるで言語が分割されたみたいに、バベルの塔か、みたいになってしまうけど、そうではなく、共通認識の喪失がそうさせているんですよね。そういう点でシェイクスピアというのは普遍的なものとしてあるので、よく「シェイクスピアを研究するには一生あっても足りない」って言われるほど人間の基本が詰まっているから、いろいろな人の人生が全て集約されていると思うんですよね。だからこそ、やっていくにつれ、自分のルーツであったり、生活であったり、横に置いていた家族や人間関係ってものに嫌でも向き合わなければならない時期になったんでしょうね、きっと。
 
木村:さすがですね。今の言葉をちょっと借りてまとめると、東京では新しいシェイクスピアとか面白いシェイクスピアというところで創作する作業で、玖珠ではもう一つ、シェイクスピアの普遍的なもの、「ロミオとジュリエット」だったら、愛とか、失った者の悲しみとか、そういう普遍的なものとダイレクトに向き合いたいです。あくまで今の僕の感覚での考えですが。
 
久原:下は3歳から上は70代と仕事をしていると普遍性なものに、よく気づかされることが多いので。一緒に創作を始めると、その人たちが友達になるんですよね。家に帰れば「孫とおばあちゃん」の年の差がなくなって友情が生まれるっていう。人間って共通の場で何か一つの目標を達成する為に長時間一緒に居ると家庭とは違う関係性が生まれるんですよね。そんな面白い瞬間に私たちは日々、立ち会うことができるし、演劇を通じて新しい関係性の発生とか出会いというものの目撃者になれるんです。それを「カクシンハンの人間力」というか、シェイクスピアをあれだけやりこなしてるから、かなりの人間力はあると思いますよ、みなさん。その辺を発揮して玖珠を中心に大分で創ったものを大分県内や全国にあちこち飛んで回れるようになってもらえたら有り難いです。
 
木村:まずは東京と大分を行き来できるようになるといいな、と思いますね。
 
久原:大分で創ることで東京の方にも影響が出るだろうし。
 
木村:そうなってくるといいな、と思っていて。ちょっと創っていかないと分からないですけど、その土地によって、見せる人たちによって、空間によって変わっていくのが演劇なので、きっと影響があると思いますね。
 
久原:その時にこれまでにカクシンハンを観ていた人たちに、どういう受け取り方の変化があるのかがまた楽しみですよね。
 
木村:その通りですね。ちょうど大分の後で東京でもやるので、何かあるといいな。
 
久原:大分の後に東京っていうのも珍しいパターンですよね。今回の「じゃじゃ馬ならし」の簡単なあらすじと着目点をお願いします。演出プランはもうありますか?
 
木村:「じゃじゃ馬ならし」は前に東京で一回やりました。あらすじや見どころは、連載の第二回目に書きましたので、そちらをご覧いただければ。笑。この物語の主人公であるペトルーチオとキャタリーナの関係って、こういう土地にこそあると考えています。ちょっと個人的なことなんですけど、僕の父親と母親はそれで離婚したらしいし。笑。それが良いとか悪いとかではなくね。そういうところにフォーカスを当てて、創作してみたいです。あと、やっぱり言葉って大事だと思うので、玖珠弁とちゃんと向き合いたいです。シェイクスピアの演劇をやる時に、東京だけじゃない言葉の力?標準語じゃない言葉の力?というものに僕らとしても向き合ってみたい。それは「じゃじゃ馬ならし」には合ってるんじゃないかな。ただ、どうなるかっていうのは、これから創っていきながらです。でも、表面上で大分弁を話すからっていうより、もっと深いところでお客さんと繋がれたらいいなぁ、とも思っています。
 
久原:地域性とか関係性も方言とか言葉で表すじゃないですか?距離とか空間というものを言葉で支配するっていうのは、新しくて楽しい表現だと思います。
 
木村:ヘンリー六世の時もちょっと関西弁や方言を入れたりしてみたんです。それはマーガレットを演じてくださった真以美さんやサフォークを演じてくださった河内大和さんの功績ですね。
 
久原:あれはやっぱり革新じゃないですか。フランスの方が文化的優位だった時代にイギリスは蛮族みたいな扱いだったのが、いつの間にか力関係が逆転するっていうところが上手く象徴されてて良かったです。
 
木村:言葉の面で表層的じゃなく、どこまでできるか。それをそのまま東京に持ってったらどうなるんだろう?って。面白いと思うんですよ。この公演は大分弁です、みたいな。俳優は大変ですけどね。笑。どうなるかは創作してみてですが。
 
久原:やっちゃってくださいよ。笑。最後に今回の大分公演を第一歩に、これからのビジョンを聞かせてください。
 
木村:東京から玖珠でも公演するっていく中で、迎えてくださる方たちとも絆をどんどん作っていきたいです。今回は、POCKET公演から始めましたけど、九州の大分で、玖珠で創るからこそ何かが膨れ上がってくるといいなぁと思っています。そうした時にまた違った規模で、いろんな形での上演が想定できると思うんです。例えば野外劇とか。「豊後森機関庫」で、壮大な野外劇ができないかと目論出るんです。ギリシャ劇の野外劇場のような。いろんなものにチャレンジしていきたいです。僕らで創った作品と、同時にそこにいろんな人が来て、シェイクスピア演劇はお祭りだと思うので、演劇祭とかそういうものに発展していって。できれは世界のいろんなカンパニーが来て、カクシンハンもやるし、特にアジアは近いですから、アジアの方とかも来て、フェスティバルとかできるといいですよね。その時に、この土地だからこその演劇スタイルとかっていうものが僕らだけじゃなく、他のカンパニーにも出てくると、ここでやる意味みたいなのが出てきて聖地になっていけば面白いですよね。まあ、まだまだ先の話ですけど。一歩一歩、着実に進む為に、まずは「わらべの館」から。笑
 
久原:木村さんがやろうとしていることっていうのは、今は縦割になっていて、使命の違うパブリックスペースの使命を全て取っ払って、カクシンハンという祭りをぶち込むことによって、全体を飽和させるっていう。館ごとに持っている使命も大事ですけど、カクシンハンという共通認識を植え付けることで、間口をこじ開けていって、他所から人が流れ込んでくる。よくぞ。カクシンハンっていう名前にしましたね。ピッタリ。
 
木村:すごい作品を創りたいとなると、やっぱり「個」ではできないですからね。すごい作品ってギリシャ悲劇とかもそうですけど、土地も巻き込んで、世界も巻き込んでっていうことができるのは、こういう空間だと思います。そういうスケールの大きい人間、大きな作品を創れるといいな、と。「豊後森機関庫」で、壮大な、百人の妖精が出る「夏の夜の夢」ですかね笑。それはまだ夢ですけど、やりたいですね。そのためにも本当にたくさんの人に会っています。今後もよろしくお願い致します!
 
久原:楽しみです!ありがとうございました!
 
木村:ありがとうございました!
 
 
 
 
 

- カクシンハンPOCKET03『じゃじゃ馬ならし』大分(玖珠ここのえ)公演 -

【開催日】

2016.07.29 fri - 07.31 sun

【時間】

07.29 fri

13:00 - 15:00 「小・中・高生のための楽しい演劇教室」

20:00 -     「カクシンハンPOCKET03『じゃじゃ馬ならし』」

07.30 sat

13:00 - 15:00 「小・中・高生のための楽しい演劇教室」

17:00 -     「カクシンハンPOCKET03『じゃじゃ馬ならし』」

07.31 sun

13:00 -     「カクシンハンPOCKET03『じゃじゃ馬ならし』」

17:00 -     「カクシンハンPOCKET03『じゃじゃ馬ならし』」

【会場】

玖珠町立わらべの館

〒879-4403 大分県玖珠郡玖珠町大字森868-2

電話 0973-72-6012

大分自動車道 玖珠インターから車で5分(国道387号線)

JR豊後森駅から車で7分

国道210号線と国道387号線の交差点から車で10分

【料金】

前売り料金:大人2,500円/学生1,000円

発売開始:6月29日(水)

【チケットについて】

<前売りチケット販売店>

スガタ文具店、住本商店、大根屋書店、都久屋書店、日野書店

シャインホテルくす、食事処春日、九重のここのパン屋、カモシカ書店

<ネット販売>

https://www.quartet-online.net/ticket/kakushinhan

<電話予約・お問い合わせ>

0973-76-3755(カクシンハン公演春日事務局)

070-6634-2593(劇団制作)

【キャスト】

演 出:木村龍之介

出演者:真以美、穂高、岩崎MARK雄大、阿久津紘平、大津留彬弘(以上、カクシンハン)、杉本政志(劇団AUN)、神保良介

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