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カモシカと青空 第二話「美の法門」 柳宗悦 by カモシカ書店

2014年5月、大分市中央町に誕生したカモシカ書店

古本を中心としながら新刊も取り扱い、カフェとしても気軽に利用できる癒しの場。
フードアナリスト木村真琴さんの手作りケーキやこだわりのコーヒー、水曜日のネコというフルーティースパイシーな珍しいビールもお楽しみ頂けます。
定期的に本だけに留まらない知的好奇心を刺激するイベントを開催。
 

そんなカモシカ書店の店主、岩尾晋作くんのコラム第二話です。

オムニバス的に一冊の本を紹介していく人生の短編集。

どうぞ、お楽しみください!

岩尾晋作くんへのインタビュー記事はこちら。 http://yadorigi.jp/magazine/63

なお、紹介されている本は実際にカモシカ書店で購入することができます。

※すでに売切れの場合もありますので、ご来店前にカモシカ書店へお問い合わせください。

第二話「美の法門」 柳宗悦

新宿の文化服装学院で服飾造形の勉強をしていたことがある。
在学したのは一年にも満たないが(一年といえどちゃんと卒業した。いつも逃げ出しそうだったが実際に逃げてはいない)
それはそれは厳しい学校で、教師の残酷といえるほど熱心な指導に、何度泣き寝入りしたことだろう。
泣き寝入り、というか寝る暇がなかった、あの学校に通っていると。

高度なファッションを学べるところとしてロンドンのセントマーチンズ、ニューヨークのFITに並び評されたこともあったらしい文化服装学院だが、インターナショナルな聞こえとは裏腹に私が体験したのは実に日本的といえる徒弟制度のような教育だった。


それは一言で、言語と論理の意味が消滅していく教育、と言っていいだろう。
全体図の説明はほとんどなく、ただ、めくるめく課題と部分縫いをやらされるのだ。
口ごたえをすると、課題を受け付けてくれないのだ。
人によって、合格基準が上下するのだ。
(誤解を避けるために最初に言っておきたいが、文化服装学院の体験は私にとってかけがえのないものだし、先生にも大変感謝している。今でもLINEできるほど。あ、さっそく久々にLINEしてみよう)

で、そのような環境で私は毎日壁にぶちあたり、落ちこぼれ、乗り遅れ、惰眠と恋と酒に逃げていくのだが、もちろん同じ環境のなかで、精彩を放ち、波に乗り、創造的に学んでいく人たちもいくらかいた。
(本当に、いくらか、だった。半分は課程の半ばで辞めてしまったし、私ほどではないにせよ、ほとんどの人は落ちこぼれたのだから)

私にとって針仕事や精密作業はまだ、よかった。
アパレル生産管理や西洋服装史、素材論などはむしろ無上に楽しかった。
決定的に苦痛だったのはデザインすることだった。
華やかさ。あるジャンルに落とし込むこと。ひたすら既成概念に抗った前衛。
この3つは造形として表現しやすいのだが、私が作りたいものではなかった。

美しいものを作りたかった。
美を事象と切り離して扱うことは非常に難しい。

大切にされているもの。長期の使用に身をすり減らしながら耐えているもの。
今、この瞬間にしかないが、控えめであるもの。

私はこういうものを美しいと思うのだが、無理やりまとめると「上質」、「正統」、「ベーシック」ということになるだろう。
この上質で正統でベーシックなものをデザインに落とし込むというのは私の能力をはるかに超えていた。
だからこう、学校でうまくいっている人よりも遅れているという焦りよりも、もっと大きな無力感を抱えていて、未熟なりにいろいろと悩むのだった。

以上、前置きが長くなったが、目高手低で理想と技術が結びつかない灰色の学生時代に私は柳宗悦と出会うことになるのである。

柳宗悦は民藝運動の創設者として今も充分に有名だが、民藝運動の根幹には何といっても彼独自の
美学があることは強調しておきたい。
それも、あれがいい、これはいまいち、というような今どきの雑誌的な選別ではなく、中心に宗教観念を据えた相当に骨のある審美眼だ。だから民藝というと伝統工芸や懐古的な骨董品と大差ないように扱われることもあるが、
柳の思想に触れるとそういう土着的なものとは一線を画していることに誰でも思い当たるだろう。

柳、曰く
「美しさもまた迷いに過ぎない、それが醜に対する限りは」

これは私にとって最も忘れられない柳の言葉である。
なんだかとてもやさしい言葉で救われるようにすら思ったものだ。

文化服装学院だけではないはずだが、少なくともクリエイティブ系の学生の作品作りにおいては
いかに「個、自分、オリジナル」であって、いかに「華麗、鮮烈、洗練」であるかが競われているように思う。
私はその競争のなかで明らかに落ちこぼれていたのは先述の通りだが、ずっと
「そんなにおれが悪いのか?」
という、言うに言われぬ違和感のようなものがあった。

だから柳の言葉は革命的なものだった。
その言葉のおかげで私は何らかの表現行為が、「迷い」の中にある可能性がある、という視点を持つことができた。
それ以上に重要なのは必然のなかにあることがいかに美しさにおいて重要であるかを考え始めるきっかけになったことだろう。

「個」の表現よりもずっといいもの。作られたものではなく必然的なもの。
それはいくらでもあって私は自然美や雨の音を讃えるのだ。
ちょっとした笑顔やとっさの思いやりをなによりも讃えるのだ。
能力や強さよりもやさしさが好きなのだ。

開き直りと言われたら悲しいのだが、私の文化服装学院時代は柳との出会いによって正規の発展とは違う方向にのびのびと育っていった。それは今でも追いかけているが、なかなかオススメできる美学である。

私は事を始める前に常に自身に問う。
「それは美しいか。それを続けて幸福か。やさしい気持ちで臨めるのか」

では何かしらの「美」が実現できているのかというとそれはわからない。
まだ迷いの中にいるのだろう。

精進します。

                     文:岩尾晋作

「美の法門」 柳宗悦

550円

~ カモシカ書店 ~

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