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旅する服屋さん メイドイン 販売開始!& ユキハシ・トモヒコ インタビュー!

2013年11月9日から約2ヶ月間、フンドーキンマンションで開催されたART PROJECT OITA 2013 〜循環〜。
県内外から招待された17名のアーティストの1人に彼はいた。
 
旅する服屋さん メイドイン ユキハシ・トモヒコ。
 
日本全国を周りながら、その土地で手に入ったものを使って、その土地の人たちと共に服を作るというアーティスト。
循環では大分で出会った人達と共に作った服を車に着せ、ドーム広場から商店街の人達を巻き込みながら、The Gallery 01@galleria TAKEMACHI(ゼロイチ)の前まで綱で引いていくという前代未聞のお祭り「異例大祭」を行った。
 
 
そんな彼がここ大分に戻ってきた!
今度は一体、何をやらかすつもりなのか?彼の人を引き込む力は何なんか?話を聞いてきました!
 
2月14日よりフンドーキンマンションにて彼の作ったリメイク服も販売開始です。
販売されるのは全てが一点もの。売り切れ御免。
個性的な服が好きな人、服作りに興味がある人、ユキハシ・トモヒコに興味を持った人は、ぜひ行ってみて!
 
 
ー フンドーキンマンション ー
大分県大分市中央町3丁目5番1号
 
 
以下、インタビュー
 
 
Yadorigi編集長 一尾(以下、一尾)
:まずは、おかえりなさい。笑
 
旅する服屋さん メイドイン ユキハシトモヒコ(以下、トモ)
:いやぁ、戻ってきました。
 
一尾:1年前はフンドーキンマンションで行われていたアートプロジェクト「循環」に招待アーティストの1人として大分に来てもらってたんだけど。
 
トモ:いや本当に、僕の中でここ(フンドーキンマンション)スタートみたいな感じがあって。あのプロジェクトの時は、まだ旅する服屋さんっていうのを始めて半年くらいだったんですよ。で声掛けてもらって、面白い事が出来て。一瞬だけだけど街の人たちにちょっと受け入れてもらえたのかなって。こういうのもいいなって思ったんですよね。今までも人と作るみたいなことはプロジェクトっていう冠は付かなくてもやってたことだけど。こういう公の場と言うか、ちゃんと舞台を用意してもらってやるのは初めてのことだったので、それを人に見てもらえたっていうのがもの凄く自分の中で大きくて。それから活動の幅がすごい広がったんですよ!ワァーって!それまでの半年間とかは、自分で車にミシン積んで、染色道具持って、地方まわって、山とか行って。そこの水で、そこの植物で染めて、それを服にするみたいな流れだったんですよ。その時の繋がりって凄くコアだけど、凄く小さかったんですよ。もの凄く小さかった。1日1人、2人としか出会わないようなレベルだったんですよ。それがここでは10日間で何百人単位の人と関わることが出来て。そっからはどんどん規模が大きくなって、舞台を与えてもらえるようになったっていうのが一番大きいですね。今までは勝手に行って、呼ばれなくても自分でやりたいことをどんどんやってくっていうスタンスだったんですけど。人に呼んでもらえるように変わりました。こういうところで「君にこうやってほしい。」っていう声をかけてもらえるようになりました。それはフンドーキンマンションの前例があって、こういうことが出来るんだってことを知ってもらえたのが一番デカくて。チャンスは色んなとこにあるけど本気でやったら面白いし、次に繋がっていくんだなぁって。
 
一尾:今はSNS社会になってネット上の繋がりが人間の中で大きくなってきてるけど、トモくんの場合すごくアナログじゃない?
 
トモ:笑
 
一尾:1年前のプロジェクトでもこういう事をやります!ってSNSで発信したわけでもないのに、どんどんトモくんの周りに人が集まってきて。鬱とか引きこもりなんかが社会問題になってる昨今、トモくんみたいな人間関係の構築が出来る人を羨ましく思う人もいると思うだけど、人と繋がりを持つ中で何か意識してやってるようなことはある?
 
トモ:僕の場合は皆が皆こうすれば、そうなるっていうパターンじゃないと思うんですけど。とにかく裸でいること。全部さらけ出していること。笑
 
一尾:笑
 
トモ:こいつは本当に弱いってことをわかってもらうっていうか。別にそれを見せるっていうよりかは本当にそういう人間だけら。めちゃくちゃ弱いし、いつでもペシャってなるぞっていうような状態を常にさらけ出すことを心がけてやってます。人間らしいところを解放してる。飼い主に服従してる犬がお腹を見せるみたいな。僕はたぶんその状態だと思います。
 
一尾:それが出来るのが凄いよね。弱さをさらけ出せる強さっていうの?赤ちゃんみたいに余計なプライドがない。人間って弱く見られたくないから強がったり、見栄を張ったり。僕にとってはそっちの方がよっぽど人間らしいと感じてて、トモくんの方が人間離れしてるように見える。笑
 
トモ:笑。そうすると、こいつ何とかしてやんないとヤバいと思ってくれて。循環の時もブリッジのマネージャーの本田さんとかが差し入れをくれたように。そういうところから興味を持ってくれる人もいて。
 
一尾:その性格は子どもの頃から?
 
トモ:いや、そうでもないと思います。五人兄弟の長男なんですよ。
 
一尾:じゃあ、お腹見せてる場合じゃないね。
 
トモ:そうですね。基本何やるのも最初だし。一番下なんかは僕が保育園送り迎えとかしてたんで。弱さを見せられるようになったのは旅をし始めてからだと思います。
 
一尾:それはいつ頃?
 
トモ:3.11の震災後なんで2011年ですね。それまでは絶対弱さを見せないタイプでしたね。ずっとハッタリで気張ってる感じで。いわゆる若者な感じで目上の人とか関係なく、いやいやいやってなめ腐った感じのタイプでしたね。
 
一尾:へぇー、今からは想像出来ない。笑
 
トモ:だけど旅をし始めて、それなりに人に触れると、、
 
一尾:右も左もわからない土地でね。
 
トモ:やっぱり孤独感あるじゃないですか。今まで通りやっていたら、なかなか受け入れてもらえないだろうなって。あんまり、こうだからそうなったっていうのはわかんないですけど。
 
一尾:旅に出ようと思ったキッカケはやっぱり震災?
 
トモ:旅を始めた理由は3.11の震災ちょっと前くらいに服作りで色々迷ってたんですよ。舞台衣装作ったり、デザインスクールに通ったりして。そこから同期のメンバーにグランプリで世界一になった人とか自分でブランド立ち上げてどんどん有名になってく連中が周りにいて、その中で自分は全然出来なかったんですよ。自分のやりたいことを上手く表現出来てなくて。もちろん評価もされなかったからし、こんな面白い人たちがいるなら同じような事をやる必要ないなって思ったんですよ。自分の世界が狭かったって思い知らされた時期でもあって。で、日本一周ってずっと夢だったんですよ。お金持ちになるレベルの感覚で。響きが恰好いいからっていうのもあるし。そうずっと言ってきたけど、ファッションをやるにあたって悩んでた時期に自分を掘っていったんですよね。自分はどういう人間なんだ?っていうのを。今作ってる服って、いずれ売って人が着るわけで、それが日本中とか世界に行くわけじゃないですか。自分が作った服が広がっていけば。例えば東京で作った服を九州の人が買って着てくれるかもしれないって時にその土地を知らずに、、九州にも来たことなかったんで。これ本気で思ってたんですけど、本当に九州が存在するかとか、本当に沖縄はあるんだろうかとか本気で思い始めちゃったんですよ。凄いアナログなんですけど、テレビとかインターネットの情報だけで自分の目で見てないなって。もしかして誰かに作られた映像作品じゃないかとかそういう変な感じになってて。それで見たいと思ったんですよ。本当にあるのかって。で、将来、僕の服を着てくれるかもしれないであろう人たちに会わなきゃって。そっからじゃないと服作り始められないって思ったんですよ。じゃあ、日本周らなきゃって。世界も行かなきゃって思って。確認する旅でもありました。それめちゃくちゃ思ったんですよ。震災が起こってマスコミが全然本当のことを報道してないとかそういう感じにもなって。それも影響してより行かなきゃわからないって。それが自分の興味とリンクして。その確認作業でしたね。
 
一尾:じゃあ、始めに行ったのは東北の方?
 
トモ:旅行程度には色々行ってましたけど、明確な目的を持って行ったのは東北が最初ですね。今はばりばりネット社会を生きてて、クリエイションの面でも憧れとかでハイテクな物とかデジタルな物が世界に行くんだろうなって思ってたんですよ。僕そういうの苦手でコンプレックスもあって、そんな奴らだけじゃやってけねぇぞって。電気が止まったら何も出来ないぞっていうようなことを思って、捻くれて真逆のアナログにっていう感じもしましたね。時分もの目で確かめて、効率も悪いし、金もかかるだろうし、時間も手間もかかるけど真逆に行こうと。あぁ思い出してきたなぁ。
 
一尾:そういうところなんだろうね。何でもネットで調べれば情報が出てくるようになって覚える必要もなければ人に聴く必要もない。でも震災が起きてネットが使えない、情報が入って来ない状況になって初めて、自分が生きる術を何も知らないことに気付く。そして気付いてもやっぱりその便利さに負けて今でも頼ってしまう。本来、人間の本能としての大切な部分をトモくんと触れ合うと思い出して、そういう恋しさというか懐かしさで集まってくるんだろうね。
 
トモ:さっきも街で出会ったおばちゃんが僕に服作ってほしいって頼んできて。ついこの間会ったばかりのおばちゃんが。今日、これ使ってって素材を渡してくれたんですけど、すげぇワクワクしてて。笑
 
一尾:笑
 
トモ:「あなたに会ってからね、これでこう作ってほしいとかもう止まんなくて。」とか言って興奮してて。俺、寝起きで「あぁ、いいですね。」って。笑
 
一尾:笑。循環のプロジェクトの時も他の招待アーティストより一週間くらい早く来て、早速、さくらちゃんと仲良くなって、一緒にART PROJECT OITAの横断幕作ってたもんね。
 
トモ:さくらは早かったですね。笑。やっぱり服屋さんって付いてるから服を作るんだろうってなるのは普通なんですけど、人間対人間で接していたいっていうのがあって。服もコミュニケーションのツールの一つではあるんだけど、自分っていう人間を知ってほしいし、その表現方法として服を選んでるっていうくらいで、本当はただ友達が作れればいいって今でも本気で思ってる部分があって。良いのか悪いのかわからないですけど。プロジェクトに関わる責任感は持つけど友達が出来れば自分の中で成功と思える部分もどこかあって。それの究極を目指してはいるんですけどね。めっちゃ友達できた!みたいな。
 
一尾:循環のプロジェクトが終わってインドに行ってたけど、あれも別のアートプロジェクトの一環として行ってたの?
 
トモ:そうですね。Earth Art Projectっていうプロジェクトで、作曲家とか映画を撮る人とか映像、彫刻家、画家とか色んなアーティストが集まって僻地に行くんですよ。ヒマラヤ山脈の標高が3,500〜5,000mのところまで行ったんですけど。遊牧生活をしている家族の子どもたちが寄宿しながら通う学校があって。でもやっぱり今でも遊牧の生活がメインなんで学校に通わない子どもが多いんですよ。そういう僻地でも紙幣社会、お金を持ってるか持ってないかで格差が生まれてて。「エデュケーショナルな教養を持ったノマディック(遊牧民)になりたい!」っていう子たちの言葉がそこで拾われたんですよね。Earth Art Projectの代表はその言葉で、ここの学校をメインにアートフェスティバルを繰り広げて、学校に今一度、注目を集めよう!っていうのが発端なんですよね。今回はそこの子ども達と一緒に服を作ったりとか、ファッションショーをしたりとか、子ども達が描いたデザインを僕が服にしたりとか。そういう遊びのようなことをしながら積み立ててって作り上げましたね。十日間くらいなんですけど。それがもの凄く良くって。
 
一尾:その子たちの起こすデザインって違うの?
 
トモ:全然違いますね。ただもの凄い感覚を持ってるかっていうと別にそういうわけではなかったんですよ。
 
一尾:そこの子たちは普段、どういう格好をしてるの?
 
トモ:服装は洋服なんですよ。ノマディック達は洋服。昔はそれこそ毛皮を着たりもしてたんですけど、今はダウンジャケットも着るし、全部偽物だけどGAPとか一番多いのはアレですね、DIESEL。インドとかアジアでは多いじゃないですか。今は洋服社会でほとんど民族衣装は着られてないんですよね。お祭り程度で。日本と一緒なんですよ。だから凄く民族的な独特な物が出たわけじゃないんだけど、でもやっぱり作っていく過程とかは凄いオリジナルがあって。その土地のアイデンティティがあるんでノマディックらしさっていうのが出てくるんですよ。綾取りするにしても出てくるのが僕らだと東京タワーとかブリッジとかなんですけど、テントとか、羊とかなんですよ。そういうのをデザインに起こしたりして凄い面白かったですね。
 
一尾:日常にある物が違うもんね。
 
トモ:そうです。見てる物が違うし。凄く限られた物しか見てない子たちなんで、その分、一つに対するものがかなり熱い感じがあって意識が散乱してない感じ?「俺はこれ。」っていう。素材集めるのも布屋さんももちろん無いし。りんごとか野菜を売ってるとこすら無いような土地だったんで。5時間下らないと何も無いような僻地だったんで。素材はその子たちが着古した古着使ったり、新聞紙も使ったし、あとは捨てられてるコンクリートの材料が入ってたビニール袋を使ったり。子ども達の価値観をちょっとでも変えれたりとか「これからこんな物が出来るんだ。」っていうのを服っていうのは身近だから伝えやすいんですよね。ゴミをリサイクルするみたいな。別にエコを求めてるわけじゃないんだけど、身近な物がこんな面白い物に変わる。お金かかってないのに。僕たちも時間かければ出来るルよねっていうのを見せてあげたかったんで、出来るだけ子ども達と一緒に、その子ども達レベルでやる。けど自分達だけでは作れない憧れるようなものっていう、そのバランスだけ気をつけて。言葉の通じない子ども達と生活して。もの凄い刺激的で。そういうのもフンドーキンのプロジェクトから始まってるって僕の中では凄く思ってる部分があって。やっぱり人は何か経験して持てる自信っていうのがもの凄い大事で。
 
一尾:その子たちが将来、服を作るようになったら、「昔、トモヒコって奴がいてさ。」って。笑
 
トモ:本当に。笑。僕そこでドラゴンテイラーって呼ばれてたんですよ!笑
 
一尾:笑
 
トモ:チームドラゴンっていう名前で。チベット仏教で中国の文化も入ってるんでドラゴンって結構身近んですよね。皆で共通の名前を付けようって時に羊よりはドラゴンだなって思って。チームドラゴンで。「俺はドラゴンテイラートモだ!」って。もう凄い「テイラートモ!」とか「ドラゴン!」って呼ばれるんですよ、俺。笑
 
一尾:恰好いい。笑
 
トモ:めっちゃ恰好いいでしょ!もう凄いデザイナーになったような。皆がワーっみたいな。
 
一尾:「ドラゴンが来たぞ!」
 
トモ:「今日、ドラゴンの旗が立ってる。やってるぞ、行けー!」みたいな感じで。だから「いつか仕事を一緒にしよう!」って言って最後別れたんですけど。あー泣きそうになるわぁ。最近、いいふうに消火してるなっていうか自分の中で出来てるなって思うのが、そうやって僻地に行ってそこではプロジェクトを一個成功させます。その後にそこで出来た思い出とか写真とか素材とかを持ち帰って、またそこで何かクリエイションしたいっていうのがあって。ここに並んでるようなバッグとかは、その現地のイメージとか素材とかを使ったりして、そういうコンセプトでまた服が作れるっていう。焼き魚定食の後のお茶漬けみたいな感じ。二度、美味しいみたいな。そういうのを強さの一つにしていきたいですね。そしたら、そこの話も出来るし。こうやってヒマラヤではねって、そういう人たちがいるっていうことも伝えられるし、僕も話したいし。
 
一尾:一個一個、タグがついてるのは、そういうストーリーを書いてるの?
 
トモ:これはただの日記なんですけど。全てを話せるわけじゃないから話すまでも無いようなことを書き添えて、少しでも空気が伝われば良いなって。まぁ手作り感満点なんですけど。
 
一尾:全部、一点物だもんね。
 
トモ:そうですね、一個一個。
 
一尾:これ(写真 左)がさっき話してたコンクリのビニール?なんか痒くなりそうな。笑
 
トモ:そうそうそう。本当に。笑。この帽子(黒と青)被った子のパフォーマンスは凄くて。僕がエプロンとこの帽子を作って。これは想像のイマジネーションの帽子でイマジンハットっていう名前だったんですけど。これ被ると自分が変わるんですよ。凄い才能が身に付くっていう帽子で。これを被った子にアクリル絵の具持たしてファッションショーの途中にタックをつまんだりした白い布を纏った子にペイントするんですよ。で、それを広げると絞り染めみたいになってたりとか。その子はもうぶっつけ本番で拍手が起こるくらいのパフォーマンスを見せてくれて。「お前は出来るぞ!」って言ってあげるだけで凄く面白い事が出来る。
 
一尾:ファッションによる催眠だね。
 
トモ:そういう力があるな、と知らされましたね。面白い。
 
一尾:ファッションに興味を持ったキッカケは?親がそういう職業だったり?
 
トモ:全然。植木屋さんと専業主婦なんで。小学校の時にオレンジ色しか着ないっていう4、5年間を過ごしていて靴、靴下、パンツ、インナー、パーカー、全部オレンジみたいな。で、あだ名がオレンジになって。
 
一尾:笑
 
トモ:よく考えると一応、ファッションっていうか服にこだわりを持ったのはそこなんだと。ただ恥ずかしくて中学からはやらなくなったんですよ。ヤバい、これすげーダサいんじゃないか?って思って。
 
一尾:その頃のアルバムとか、、
 
トモ:いやぁ凄いっすよ、全部オレンジで。笑
 
一尾:笑
 
トモ:何目指してたのかわからないくらいオレンジで。中学からは普通に過ごして。で高校入ってから、ちょっとリメイクとか始めたんですよ。パンクとか聴き始めてからパンクファッションから入りましたね。ダメージジーンズ作るとこから始めて。
 
一尾:高校時代は学ラン?
 
トモ:ブレザーです。そのブレザーにポッケ付けたり、鋲付けたりしてました。今考えるとめっちゃダサいんですけど。笑。だけど、高校時代の中でははちゃめちゃやってたんで、あいつヤバいっていう感じになってましたね。バンドも組んでて。
 
一尾:じゃあ、メンバーの衣装も?
 
トモ:いや、メンバーのは考えてもなかったですね。笑。人の服を作りたいとかは一切なかったです。でも高校時代にファッションショーやったんです。文化祭で。それを仕切って、やろうよ!って言ってやったんでそれが結構デカかったですね。バンドやってたっていうのもあるけど発表するっていうのが好きで。それから専門学校入って。同じようにファッションショーチーム作って。結構、大きなホールとかでもバンバンやって。その年代では「あぁあそこね。」って認知もされるようになって。その時に一緒にやってたメンバーはnusumiguiっていう大分でも知ってる人がいるくらいのブランドをやっててもの凄い注目を浴びてたりして。
 
一尾:仲間が活躍していく中で苦しみながら、3.11があってだんだん自分の進む方向が、、
 
トモ:やっぱり「人」だって思ったんですよね。服っていうより、生き方に興味を持ち始めたんですよ。どうやって生きていくかとか、どうやって人は成り立ってんのかとか。そういうふうに気持ちがシフトしていって。どこに行っても結局、「人」だなって。
 
一尾:色んなことを経験して、また大分に戻ってきたのは?
 
トモ:今回は「大分ヒロガルシティ」プロジェクトの3月21、22日にあるメインイベントでお祭りをやりたいなって思って。前回フンドーキンの時にやった異例大祭の続きをやるって宣言してたし。2015年春に第二回をやるっていうのを勝手に言って終わったんで絶対やろうとは思ってたんですけど、こういう機会に声をかけてもらったから「もちろん行きます!」って言って。この時期、他の仕事も断って空けてたんで、ずっと。「うぉ、キタ!ありがたい」って思って。「絶対、行く!」って。で約二ヶ月前から来て服を街中から集めて、それを少しずつリメイクして。販売もするんだけど、それは自己紹介の挨拶みたいなもんだと思ってて。人が集まるスペースを作るのと色んな人と知り合いたい為にやって。服もたくさん集まると思うので、今回は御神輿を作って街を練り歩こうと思ってるのでその神輿の素材に使ったり。祭りの一体感って半纏(はんてん)みたいな祭り衣装が凄く重要で。僕は服が好きだから会場に来たお客さんに皆が同じ衣装ではないけど、同じような服を半纏のように来て、スタッフとか参加者とか関係ない感じで皆が同じ服を共有して。視覚で目で見て何か一体感のある。よくわかんないんだけど、何か面白いっていう言葉にしかならないんだけど。それを本気で作ってみたいっていうチャレンジでもあって。この大きな舞台で試してみたいっていうのが一番。
 
一尾:トモくんがやってることに興味を持った人はフンドーキンマンションに来たら、トモくんと一緒に服が作れるの?
 
トモ:はい。実際にココに来た人たちにも「一緒に作ろうよ!」って声かけてますし。ワークショップみたいな感じで一から服を作ってみたいような子たちを招いてやってみようとも思ってます。あと古布や着なくなった洋服も声をかけまくって集めてます。街中にも回収BOXの様な物を設置しようと思うんですけど、フンドーキンマンションに持ってきてもらえれば嬉しいなって。
 
一尾:ワークショップは全然、服を作ったことがないような子でも?
 
トモ:全然、素人の子でも。
 
一尾:興味があれば?
 
トモ:僕はやりたいって熱だけあればいいんです。ミシンを壊したっていいんですよ。そんなの大したことない話で。やりたいっていう心だけで「じゃあ、やろうよ。」って常に言えるようにしておきたいって凄く思ってるんですよね。それってただの偽善的な感じで良い人で終わるじゃんとか言われるんですけど、「知らん!」と。笑
 
一尾:笑
 
トモ:俺はそれで良い、と。せっかくだから色んな人がいた方が絶対面白いんで。センスが無いとかそういう言葉を撲滅していきたいです。ふざけんなって。やるかやらないかだし。それを求める人もいるし。数が少なければ、それを大切にしていけばいいだけの話。今はお金があるから豊かだっていう価値観も色んな所で気付き始めてるし、そういうのじゃない部分で何か出来たらいいなって。もちろん、生活の為に販売したりとかお金が生まれたりはするんだけど、それ以上の物を持って帰れるようなことをしたいし、このイベントでそれを実行したいですね。
 
一尾:今(2/9取材時点)、何着くらい出来てるの?
 
トモ:1、2、3、、、16点ですね。でも全部これ完成はさせてなくて。っていうのは、来た人たちに手に取った物に自分がどうしたいっていうのを伝えてほしいって投げかけようと思ってて。ここにある生地とかで、ポケットがここに欲しいっていう要望があれば付けて渡してあげるっていうことをしたくて。もちろん丈なんかも古着なんでバラバラなんですよ。だけら詰めたければ詰めるし。紐付けたいなら紐付けるし。出来る限りだけど、そこで何か一つ加えて持って帰ってもらえればなって。そういうことで別に意識を高めるわけじゃないんですけど。今、服に対する愛着がないから。
 
一尾:大量生産・大量消費だからね。
 
トモ:本当に。そういうのもやっぱヒマラヤに行った経験から凄く強くなっていって。一生着ろとは思ってないですけど。簡単に無くてもいいやって思えるものよりかは自分の手が入ることによってちゃんとした覚悟で自分の手で捨てられるような物っていうのを作りたいとは思ってて。そういう試みで完成させないでやってます。
 
一尾:今、作ってる服はフンドーキンマンションに来れば買えるの?
 
トモ:2月14日(土)から販売開始です!土日だけなんですけど。もし二日間とかで無くなっちゃったらそれで終わりっす。笑
 
一尾:笑
 
トモ:また三ヶ月後とか。
 
一尾:全部1点ものだからね。
 
トモ:御神輿も作るんで。服の販売は出来る範囲で作っていきます。
 
一尾:トモくんのオリジナルタグは付くの?
 
トモ:「TABIFUKU」タグが。ハンコで作った。出来るだけチープでいたいんですよね。出来るだけ身近で。だけどちょっと自分では出来ない、だけど一緒にやればできるよっていうとこをやっていきたいですね。
 
一尾:将来的にはどうなっていきたいの?
 
トモ:それ、全然わからないです。笑
 
一尾:笑
 
トモ:ただ旅は続けたいと思うんですけど、その一方でお店っていう一箇所にある動かないものにも興味が凄いあるんで、お店を開くっていうのは面白いかなって思ってるんですけど。別に将来の目標って感じでもないですね。
 
一尾:まぁ経験の一つとして。
 
トモ:そうですね。でも世界で仕事したい!っていうのは凄い思いました。どんな小っちゃい仕事でも。全然違う感覚を持った人と仕事するのは刺激的でより本気にさせられる。
 
一尾:生活面でのギャップももちろんあるけど、仕事するとなるとまた全然違うギャップがあるもんね。
 
トモ:本当に。インド人、本当にすぐ飽きますからね。笑。すぐ、すぐ止めるっていうね。笑。でもノると凄かったりするんですよ。
 
一尾:ノさせないといけない。
 
トモ:どうやったらって考えるのも面白い。最初の話に戻るんですけど、服屋さんだけど服を作りたいっていうだけじゃなくて、人と人でありたいっていうのが常にあるんで。だからどうやったらこの人をこっちに引き込めるかとか、どうやったら仲良くなれるだろうかとかを考えていきたいんですよ。で、突っ立って話すのも何だから一緒に服でも作ろうか?くらいの感じで。喫茶店でお茶でもしようか、くらいの感じでいたい。その辺の物でポッと作るような。それが何か生きる強さでもあると思ってるんですよね、ぼくは。それでも生きていけるっていう力強さというか。そういう人がいたらいいなって思ってたんで、ずっと。でも誰を見ていけばいいんだろうなって思った時に遠藤一郎とかめちゃくちゃやってるのに生きていけてて。まさかの仕事にもなったりしてて。だけどやってることを紐解いてくともの凄い壮大で素晴らしいことだったりして。そういうとこがいいなと思って一緒に居たのもあったんで。別に追っかけるわけじゃないけど、同じような想いをさせられたらいいなと思って。また違う世代とか周りの人に「あいつと居ると何か面白い事起こるよな。」っていうのを自分でもなりたいし、このフンドーキンマンションでそういう想いになってもらえればいいなって思ってますね。
 
一尾:ありがとうございました、頑張ってください!
 
トモ:こちらこそ、ありがとうございました!
 
 
 
旅する服屋さん メイドイン プロフィール

車にミシンや植物で色を染める為の染色道具を積み日本各地を旅しながら、その地その時でしか出来ないモノやコトつくりを模索しながら活動中。アートプロジェクト等にも参加。

ART PROJECT OITA 2013 (大分)
EARTH ART PROJECT 2014 (インド)
大分ヒロガルシティプロジェクト 2015 (大分)

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