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カモシカと青空 第七話「ツァラトゥストラ」フリードリヒ=ニーチェ by カモシカ書店

2014年5月、大分市中央町に誕生したカモシカ書店

古本を中心としながら新刊も取り扱い、カフェとしても気軽に利用できる癒しの場。
フードアナリスト木村真琴さんの手作りケーキやこだわりのコーヒー、水曜日のネコというフルーティースパイシーな珍しいビールもお楽しみ頂けます。
定期的に本だけに留まらない知的好奇心を刺激するイベントを開催。
 

そんなカモシカ書店の店主、岩尾晋作くんのコラム第七話です。

オムニバス的に一冊の本を紹介していく人生の短編集。

どうぞ、お楽しみください!

岩尾晋作くんへのインタビュー記事はこちら。 http://yadorigi.jp/magazine/157

なお、紹介されている本は実際にカモシカ書店で購入することができます。

※すでに売切れの場合もありますので、ご来店前にカモシカ書店へお問い合わせください。

第七話「ツァラトゥストラ」フリードリヒ=ニーチェ

インドは宗教的にも法律的にも禁酒である。
普通の飲食店にも食料店にも売っていないから、酒を飲むには、通称「ナイスバー」に行かねばならない。

そこで今回はインド横断の旅の話をしようと思ったがやめた。
いまインドの話をするよりももっと話したいことがあるからだ。

私は東京に12年住み、おととしの春に帰ってきた。
今こうして日常を感じるからこそ「帰ってきた」と言えるのだが、帰る直前や帰ってからしばらくは、「帰ってきた」という感覚はほとんどなかった。
知らない街ではないのだが、一度断絶した関係性のせいか、東京との違いばかりが目に付き、落ち着ける場所とは言えず、非日常的な暮らしでもごもごとしていた。

本屋をしよう、と決めていた、というかすでに私の中では本屋をし始めていたから、退屈することは一切なかった。どちらかというと焦っていたと思う。

本屋を始めたことのある人にはわかるだろうが、本屋を始めるのは結構大変である。
まず物件がないと本屋としてはリアルではなくなるようだし、本棚と、本と、補充ルートが絶対に必要なのである。
さらに私は西荻のどんぐり舎さんみたいな居場所を作りたくて、カフェを併設することにしていたから、これにはいくつかの資格と営業許可と、それなりの設備がいる。

まあそんなことはどうでもいいのだがつまりやることが多く、壁もまたそれなりに存在し、四苦八苦しながら前進しつつ、周りの景色を違和感を持って眺めていた。

私は最初、別府に興味を持ち休日に足繁く通った。ベッププロジェクトの仕事を知りたかったからだ。
ベップロは混浴温泉世界のアートプロジェクトで名前も東京時代から知っていて、バックミンスター・フラーの訳者の芹沢高志の「別府」という本も読んでいた。
街歩きから別府を知るのはPlatformプロジェクトからということに必然的になるのだが、一番最初は
Platform04(かなあ?)の1階が物販をしていて2階に作品と居間があるという所だった。
ここで親切な店長さん(かなあ?)が別府について教えてくれたのだが、この店長さんはkanaさんというアーティストでその後もまちなかで何度も出会うことになるのである。
それから私は教えてもらったPlatform03に行って、川浪さんというとんでもなく洞察力の鋭いお姉さんと2,3時間喋ることになるのである。このときの話は非常に濃厚でこれだけで2,3話にはなるのでここには書けない。
川浪さんは私にいろいろな人を紹介してくれて、後に私は天才鉛筆画家の勝くんがいる「清島アパート」で焼肉を食べたり、天才複合芸術家宮川園ちゃんの「スタジオノクード」でカキ氷を食べたりするのである。

つまり別府は面白かった。ゲストハウスに泊まったり、野湯に入ったり、北高架下商店街で酔っ払ったり、もうこれは外所者感覚でいるうちが花とばかりに別府のエキゾチックな空気をふんだんに吸い込んだものだ。

別府には詩人がいて絵描きがいて湯が沸き海が広がり山から風が吹きもうそれ以上いったい何がいるであろうか。
実はいるものはたくさんあるのだが、それは東京三菱UFJ銀行がない、とかそういうことではないのである。
つまり私は別府にないものはずばり大分市なのではないかと思うのである。
それは由布院にも言えるし、佐伯にも言えるし、国東にも言えるのではないだろうか。
何を言ってるのかわからないかもしれないが、私は大分市で生まれ育ち東京の薫陶を受けまた大分市に帰ってきて大分市の立地の奇跡に感嘆するものなのである。
即いけるよ、別府湯布院。でも大都会。
そう大分市は世界的には大都市である。大都市でありながら別府由布院を隣町にように交通できるのはこれは韓国や中国の都市部から旅行に来ている人たちからすると羨望のまなざしであるに違いないと思う。

つまり大分市に必ずしも詩人や絵描きや湯や海が豊穣なランドスケープとして広がっていなくてもいくらでも周辺が補完してくれるのである。逆にいうと、観光資源が豊富な周辺都市は都市機能を大分市が補完してくれるのである。
都市機能というとやはり東京三菱UFJ銀行、という話になってしまいそうだが違う。
都市機能というのは思うに日常性の確保、その無機質さということになるのではなかろうか。
私は大分市で日常を手に入れたと今は思うが、アスファルトに固められたような景色をかなり気に入っているのである。
すいすいっと休日に観光地に出かけていけるからである。

だから私は大分市のことを知ってほしいと思う。
何があるの? と聞かれればカモシカ書店がある、とはもちろん言うと思うがなんにせよとにかく別府がある、と言いたいだろう。大分市には別府市があり、由布市があるのだ。誰がなんと言おうとそうなのだ。

だから私は大分のまちなかにゲストハウスを作りたい。
激しくそう思うのである。

以上、前置きが長くなったがタイトルのニーチェの話はもういいのではないだろうか。
ニーチェは語っても意味がない。ただ生きることだ。
ニーチェを生きることだ。私なら私なりのニーチェを生きるだろう。

あるがままの世界に対して差し引いたり除外したり選択したりすることなしに、ディオニュソス的に然り、と言えるほどには、きっとなるだろう。
いつかゲストハウスでこの続きを話そう。

                      文:岩尾晋作

「ツァラトゥストラ」

フリードリヒ=ニーチェ

750円

~ カモシカ書店 ~

 古本 新刊 喫茶

【営業時間】

11:00 - 22:00

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月曜日

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大分県大分市中央町2-8-1 2F

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