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男の背中『氏田善宣の回』

女性の活躍が目覚ましい昨今、草食系男子などの言葉も死語になり、男の肩身は狭くなっていく一方。
古き良き時代の男はいったい何処へ?
 
そんな時代でも性別に関わらず、「この男についていきたい!」と思わせてくれる背中を持つ、大分のリーダー像を映し出すためにスタートした本企画。
 
男の背中!
 
今回は3年前、たった一人で竹田に「感動のもつ鍋処 陽はまたのぼる 竹田本店」をオープンし、「府内店」「竹田はなれ店」、そして「竹田市を元気にするホルモン焼屋 星の輝く空」と立て続けに系列店を増やしていったWOOD HOUSE 株式会社 代表取締役
「氏田善宣」を徹底取材しました!
 
取材当日、いきなり30分待たされることに、、
でもそこには、リーダーたる所以がありました。
 
一つ年下なんですが、「オヤジ!」と胸に飛び込みたくなるほどの懐の持ち主です。
男前です。
そんな氏田善宣さんに社長(リーダー)として大事なこと、2014年「居酒屋甲子園」優勝した時のこと、地元竹田への想い、これからの竹田のことなどいろんな話を聞かせてもらいました。
 
大分エリアマネージャーの花苑さん、府内店 店長の深田さん、竹田はなれ店 店長の指宿さんにも氏田善宣さんについて語ってもらいました。
 
 
撮影協力:PENELOPE
 
 
 
以下、インタビュー
 
 
Yadorigi編集長 一尾(以下、一尾)
:「感動のもつ鍋処 陽はまたのぼる」を始めたのはいつ頃ですか?
 
陽はまたのぼる 代表取締役 氏田善宣(以下、氏田)
:僕は福岡で21歳の時から飲食の仕事をしだして、28歳で独立しようと思っていて。福岡で独立するつもりだったんですけど、準備期間中に地元である竹田市に帰った時に竹田市の風景を見て、夜の人っ子一人歩いてないのを見て。笑。で、単純に「この町を元気にしたい!」っていう想いで始めたんですよ。ちょうど3年前くらいですね。
 
一尾:福岡でやろうとしていたお店をそのまま竹田で始めたんですか?
 
氏田:竹田に合わせた業態変化は多少ありました。戦略じゃないですけど、人と違うことをするのが好きなんで。竹田っていうところは、もつ鍋を食べたことないって人が多かったんですよ。お店を出店するには危ないんですけど、地元にある飲食店さんとはまったく違う路線なので、戦わなくていいと僕は思って。
 
一尾:もつや野菜など食材選びなどにも変化が?
 
氏田:福岡の修行時代は、安いくて質のよいものを使いたい!って思いでしたが、竹田でなぜお店をやるのか考えた時に、竹田の業者様や、契約農家さんが育てる竹田産の野菜、竹田の名水をスタッフが毎日汲みにいきスープに名水を使ったり、老舗の豆腐店さんの豆腐を使ったりだとか、とにかく竹田産にこだわりましたね。
 
一尾:昨年(2014年)の「居酒屋甲子園」で優勝されたお話を聞きました。前にテレビで「居酒屋甲子園」のドキュメンタリー番組を見たことがあるんですど、「居酒屋甲子園」のことを知らない方も多いと思うので、ざっくりでいいので「居酒屋甲子園」とはどういうものなのか説明していただけますか?
 
氏田:「居酒屋甲子園」は今、第10回目がスタートして覆面調査員の方々が回ってるんですけど、約1,400店舗くらいの飲食店が、「居酒屋から日本を元気にしたいって思いを軸に」全国から我こそはって素晴らしい飲食店が沢山エントリーします。
 
一尾:あれは応募制なんですか?
 
氏田:応募制です。応募してお金も払わなきゃいけないんですけど。簡単に言えば「外食産業で働く人を輝かせる」っていうことなんですよね。ただ働くんじゃなくて、それを評価してもらって順位を決めるというか、点数を付けてもらって、自分達がどういうレベルでやってるんだっていうのがわかるように。自分のお店の強みはなんなんだとかを自問自答じゃないですけど、見つめ直すこともできるので、素晴らしい大会です。約1,400店舗出て、まず覆面調査が入るので、お店のレベルがある程度ないと上には上がれないんですよね。一次、二次で計4回入って振るいにかけられて地区大会にあがるんです。全国が11地区に別れてて、各会場で500人くらいの前で自分達の強みをプレゼンするんです。その取り組み・仕組み、特に在り方ていうのがすごい大事になってきます。
 
一尾:そういった面から大切になってくるんですね。
 
氏田:それと自分達がどういった想いでやってるのかっていうのを、メインスタッフ5人くらいが前に立ってプレゼンして、会場票と「居酒屋甲子園」の審査員が生中継で見てて。中でも大事なのが覆面調査の点で、1回が200点満点で4回入るで、全部で800点満点。その点がかなり評価に影響してきます。地区大会で優勝した11店舗に選ばれただけでも優勝旗ももらえて栄誉なことなんですよね。でも最後に横浜での決勝は5店舗しか出られないんで、そっからまた東京の最終面談で、なぜ自分達が横浜パシフィコの5,000人の前で伝えたいのかっていうのを代表プレゼンで発表します。居酒屋甲子園関係者と飲食関係の全国紙の編集長の質疑応答があって。で、その日に5店舗に絞られるんです。ここまで行って、やっとパシフィコ横浜の5000人の前でプレゼンができるんです。スタートから、最後の全国大会の日まで約半年ありますんでモチベーションをたもつのが大変です。最後のプレゼンは自分達が伝えたい事をストレートに伝えれますよ!!
 
一尾:笑
 
氏田:(プレゼンの)プロがしっかり横について指導して頂けるんで、ウチがこうやりたいっていう台本ともっとこうした方が良いって20回くらいやり取りして、そっから練習に入って。何とか優勝させて頂いたっていうことなんです。
 
一尾:優勝した自分達と他の4店舗さんとの違いってどこだったと思いますか?
 
氏田:最後は5,000人の会場票なんですよ。自分達の故郷への愛の強さでしょうか??笑
 
一尾:笑
 
氏田:九州はすごい強くて9回のうち5回優勝してるんですよ。福岡・熊本・大分の3県が取ってるんですけど。プレゼンがすごく力強くて。やっぱり想いが強いんですよね。
 
一尾:熱い!
 
氏田:熱いし。うちのお店は売上規模とか到底、敵わないんですよ。ウチと同じキャパでやっても関東なら3倍売り上げるとこなんか粗にあるし。でも僕らが伝えたかったのは、地域から日本を元気にするっていうテーマのもと、竹田市を元気にするために始めたことと想いを店舗に入れ込んで竹田の宣伝をしながら商品を出したりとか、、
 
一尾:そういう想いや取り組みが伝わって優勝に繋がったんですね。その竹田への想いっていうのは、子ども頃は全然なかったんですか?
 
氏田:なかったですね〜。
 
一尾:やっぱり、帰ってきた時に?
 
氏田:そうですね。子ども頃は出たい出たいっていう感じでしたね。笑。やっぱ週末の土曜日に久しぶりに竹田に帰ってきて、みんなで飲もうや!って言って、5人くらいで飲んでワイワイやって19時半くらいに「次、行こうぜ!」って言って、メイン通りに出たら、薄暗くて人っ子一人出てない、、土曜日ですよ?僕は福岡の天神っていうところにずっといたので、有り得ないわけですよね。滅多に帰ることはなかったし、ここまで酷いのかっていうので目の当たりにして。調べたら日本一過疎化が進んでるんだっていう事実を知って。20年後には限界集落として無くなるんだよって。無くなるというか市として機能しなくなる可能性もあるんだよっていうのが見えて。後期高齢化率が日本一なんですよね。65歳以上が40%くらいですかね。人口も2万4千人しかいないし。福岡での成功イメージは既にあったんですけど、こっちでは全くイメージ出来ないんですよ。怖いしかないんです、怖いしか。笑
 
一尾:笑。
 
氏田:怖いしかないんですけど、こっち(竹田市)を選んだんですよね。自分に「どうしたいのか?」っていうのを聞いた時に「こっちでやりたい!」って。
 
一尾:こっちで始めようと決心した時に仲間はいたんですか?
 
氏田:いやいや、最初は一人でしたね。あと1万5千円の家庭用冷蔵庫1台のみ。笑
 
一尾:笑。
 
氏田:とりあえず、店舗っぽいところを借りて、半年は一人でやってましたね。
 
一尾:その時からもつ鍋屋さんですか?
 
氏田:もつ鍋屋です。始める時から全て、水から野菜から取引業者様から全部、竹田にこだわったんですよね。竹田を元気にするって、俺らだけ売り上げあげて俺らだけ有名になって、それで本当にいいの?って。安い物を仕入れて、珍しいから高く売ってウチだけ儲けて、それで本当に竹田を元気にしたことになるんだろうか。まぁ核心ですけどね。それでも雇用は生まれるし、竹田に来てくれるお客様も増えるのでいいと思うんですけど。僕はそういうことじゃなくて、何て言うんですかね。ウチの店が出来ることによって町自体を元気にしたかったというか。商店街は近くに大手のスーパーが出来て一気にやられて、シャッター街になってますよ。飲食の仕事をしてる人たちは、酒屋よりスーパーの酒を買った方が安い、町の八百屋さんよりスーパーで買った方が安いって、町の業者様を使わなくなるんですよね。もっと言えば、大分市で買った方が安い。僕らだけで言えば福岡から仕入れた方がもっと安いんです。ルートも持ってるから。でも「高くてもいいから竹田のモノにこだわろう」って。お酒も竹田の酒屋さんから。野菜も竹田の八百屋さんから。業者さんもなるべく竹田の業者さんにお願いするとか。全部は無理ですけどね。大分市にある店舗も全部、竹田から仕入れてるんですよ。
 
一尾:じゃあもつ鍋屋を始めるにあたって、一軒一軒業者を当たっていったんですね。
 
氏田:何もネットワークを持ってなかったし、「何を言ってるんだ?」っていうところから始まるんですよね。笑
 
一尾:笑
 
氏田:「頭、大丈夫か?」っていう。最初は売り掛けとかしてもらえないわけですよ。現金で払えって。ちょっとずつ信用が出てきて「じゃあ、末締めで支払いいいよ」ってなって。やっぱ最初はお客さんに来られて、「本当に頭、大丈夫か?」って言われて飲みながら。
 
一尾:最初のお店のキャパはどれくらいだったんですか?
 
氏田:13席ですね。カウンター5席の、座席が8席。
 
一尾:そこが未だに本店の場所ですか?
 
氏田:そうです。2階にだだっ広いお座敷があったんで、そこを改装して今は24席なんですけどね。
 
一尾:原点の場所で食べたくなりました。笑
 
氏田:めちゃくちゃ言われましたけどね。笑。その時はめちゃくちゃムカついて喧嘩になったこと何回もあります。
 
一尾:笑
 
氏田:「うるさい!」みたいな。で、叩き出したこともあるし、言い合いになったことあるし、話を聞いたこともあるんですけど。だいたいの人が市役所の上の方で、本当に竹田の流れっていうのをずっと20年、30年と見てきてる方なんですよ。「お前の意気込みはいいけど、はっきり言って半年かね」みたいな感じですごいきつく言われたんですね。でもそれが逆に、今はあり難いって心から思いますよ!
 
一尾:モチベーションに。
 
氏田:なりましたね。それが悔しくて「まぁ、見とけよ!」っていう想いがあって。銀行もお金貸してくれないんですよね、当然ですけど。「こんな場所でやるなんて」って言って。「無理。無理。」みたいな。絵に描いた餅扱いで。で、1年で300万くらい現金貯めて始めたんですよ。
 
一尾:すごい!
 
氏田:最初からお客さん待ってても絶対無理だと思ったんで、店舗5割、全国発送5割でこっちから攻められたら店舗の売上がなくても全国発送でこっちから仕掛けられればやっていけると思ったんで、車でチラシ持って回りながら宣伝しましたね。3年前の5月1日に宅配と全国発送から打ち出してるんですよ、実は。一人なんで店舗とダブルでは出来ないので。で、(同年)6月1日に店をオープンしてるんです。で、10月1日にリニューアルしてるんですよ。
 
一尾:展開がハイペースですね。笑
 
氏田:始めて2ヶ月くらいで水害があってですね。
 
一尾:ちょうど水害の時だったんですね。
 
氏田:ウチは被害はなかったんですけど、竹田の被害を受けた地域はそれはひどかったですよ。そして、その後の自粛ムードの時期もつらかったですね。
 
一尾:(スタッフの竹田はなれ店 店長の)指宿さんからも話を伺ったんですけど、その時に氏田さんからのボランティアの呼びかけで久しぶりに会いたいと思って行ったって。
 
氏田さん:僕の取材時代の直属の上司で!その方がうちの3号店の店長を今して頂いているんですけどね。笑
 
一尾:それからたった1、2年で2号店、3号店と、、
 
氏田:そうですね。本店出店より10か月で2号店を出店! その半年後に3号店出店しました。
 
一尾:2号店オープンして半年で3号店を?
 
氏田:この場所(3号店)は狙ってたんで。実はこっちの物件を探してたんですよ、もう。大箱でやりたくて。当てる自信があったんですよ。(もつ鍋)市場がなかったんで。とにかく自信があったんですよ。竹田をPRするっていう意味でも、やっぱり竹田市だけじゃなくて外に出て行かないと。大分市から竹田を広めて行かないと竹田だけだとしれてるんで。竹田は竹田でしっかりやって雇用を生んで地域密着でやって、大分市は竹田市を大分市から全国に発信しようってことで開いたんですよね、2店舗。で、こっちの物件を探したんですけど、ウチ有料広告を一切使わないっていう方針なんですよね。今は別にどうでもよくなったんですけど。タイミングが来たら打とうかなと思ってるんですけど。今は別に必要はないんで。3号店は当初120席くらいでやろうとしてて、そのお店を満席にするには口コミである程度、「あそこ美味しいよ!」ってなってないと無理じゃないですか?いきなり出したけんって当たればいいけど、そうはいかないじゃないですか?春にわざと24席の2号店を出して、とにかく半年で「あの店、すげえ!」っていう口コミを絶対に作って、入れない店にする!って。まぁ最初の3ヶ月くらいは苦しかったんですよ。
 
一尾:2号店はこれから夏を迎えるって時にオープンしたんですよね?
 
氏田:トラブルもすごい多くて。でも冬前くらいからお客様が予約でいっぱいになりだして入れなくなってきたんですよ。そのタイミングで3号店を作ったんですよ。2号店は団体スペースもないし、入れなくなったお客さんを3号店に。冬は強いんで。夏はどうするかなっていうのがウチの今の課題なんで、「BIG3」とか夏向けのメニューを発信したりとか、、
 
一尾:手羽先とネギの塩ダレ(名物!!手羽先がレモンとネギを背負ってきた)の組み合わせはヤバかったですね〜!
 
氏田:本当ですか!?ありがとうございます!当初、4店舗、5店舗と東京に出る予定だったんです。でも、本当に自分って何がしたいのかな?って考えた時に竹田を元気にするのに今の自分が東京とか福岡に出たところで「おかしいな」って思って。自分がただ有名になりたかったんだっていうのに気付いて「あ、違うわ」って竹田に戻ったんですよ。それが4店舗目の焼き肉屋なんですけど。本店の真横に作ったんです。「横がいいんで!」って、交渉して真横に連なって出しました。
 
一尾:そういう問題というか岐路や転換期にいる時は自問自答するタイプなんですね。他人に相談はしないんですか?
 
氏田:あんまりないですね、僕。自分に聞いて「自分が本当にどうしたいのか?」その時に本当に有名になりたいとか、お金を稼ぎたいって思ってればそっちに行くんですけど。「それが本当に自分がやりたいことなの?」って聞いて。振れた方向に動く。
 
一尾:それは小さい頃からそうでした?
 
氏田:かもしれないですね〜。直感みたいなのすごい大事にしてて。5店舗目もすぐそこに会員制の水炊き屋を作るって言って。全て決まってたんですよ。契約まで全部終わって。100坪、30席っていう、もうぶっ飛んだヤツを作ろうとしてて。すべて図面まで上がって模型まで作って銀行借り入れもして人も全部雇用して業者さんも全部スタンバッて、でギリギリになって自分の中で「危ない!」って思ってんでやめたんです。ズバッと。ついこの間なんですけど。
 
一尾:笑
 
氏田:すごい迷惑な話なんですけど、しっかり謝罪して、お金を払うとこにはちゃんと払って。利害をちゃんと考えた中で自分で危ないと思ったので。順調に行き過ぎてるくらい順調なので問題は何一つ無かったんですよ。
 
一尾:スタッフさんからも少しお話を伺ったんですけど、そういった場合にストレートに物事を伝えてくれるから、仕事をしやすいって言ってました。コミュニケーションの取り方は昔からバシバシっと自分の思ったことをいうタイプでした?
 
氏田:そうですね。まっすぐですね。会社名、WOOD HOUSEって言うんですけど。親父が木材の仕事をしてて木に囲まれて育ってるんで、木を見たり、匂いを嗅いだりすると、すごい温かい気持ちになるんですよ。笑
 
一尾:笑
 
氏田:懐かしいというか。わぁ〜って。子どもの頃の遊び回ってたイメージとやっぱり落ち着くじゃないですか。そういう「温かい家にしたい!」っていう意味で、WOOD HOUSEってつけたんですよ。「建設?」とか色々言われるんですけどね。笑
 
一尾:笑。「林業?」とかね。
 
氏田:温かい家っていうのがテーマにあるんで、とにかく家族なんですよね。さっきもそうなんですけど、スタッフが昨日無断で店を休んだんです。(そのことを飲食用語で"飛ぶ"と呼ぶ)普通の会社だと飛んだら「おまえ、ふざけんじゃねぇ!」って、クビって簡単に切ると思うんですけど、それが悪いとは言わないですけど。ウチは家族なんで切れないわけですよね。切れるわけないんですよね。「逃げたいんだったら、いつでも逃げろ」って言って、「素直に動いたらいいやん」って。その上で自分がどう思ったのか肌で感じて、やりたいの?やりたくないの?って自問自答して「やりたい!」って思ったら、「いつでもウェルカムやけん、やれ!」っていうのが僕のスタンスなんですよね。「やめたいんだったら、やめろ」って。「追わない、巣立つ時でしょ」っていう考え方なんで、合わせるというか、答えはあまり出さないですね。ビジネス的にこうしろ、ああしろとは言うんですけど、人間としては自分で自分をちゃんと知れっていうか、、内側に籠る子が多いんで、「自分で自分がどうしたいのかを感じて、自分が誰よりも信じてあげなきゃダメなんだよ」って常に言うんですよ。長所も、短所もひっくるめてその人ですからね。
(その子と正面からぶつかっていたために、取材が30分遅れました。)
 
一尾:人間らしい部分が。
 
氏田:自分の短所だけを見て、自分が嫌いだって平気で言ったり、人の真似ばっかりして、せっかく持ってる素晴らしい自分に気付かずおかしくなって、だからこそ、自分が本当にやりたい事じゃないから、想いや感情のない人間がすごい多いじゃないですか?だから、「そういう人間になるな」って。飛んだままで、たまにそのまま逃げるのもいますけどね。あ、逃げるんだ?みたいな。笑。飛んだ事でその日の営業ができないから、休みの日に出て来ないといけないスタッフがいるんだから、それは肌で感じてこれから2週間は休まず働けって。そういうのはきちっと言います。
 
一尾:素晴らしい教育ですね。
 
氏田:寛大なのか、厳しいのかわからないですけどね。笑
 
一尾:笑
 
氏田:でもそれは自分が正直に思ってるんですよね。飛んだら「なんかあったっちゃない?」って心配じゃないですか?飛んでるってわかった方がまだ安心するっていう。そのまま音信不通っていうケースもありますからね。
 
一尾:今日のこともそうですけど、自分が飛んで後ろめたい気持ちがありながらも直接会いに戻って来れる環境づくりがちゃんと出来てるんだなぁって。本当に家族みたいですね。笑
 
氏田:そうですね。笑
 
一尾:仕事じゃなく、プライベートな時間でも家族のような付き合いはあるんですか?
 
氏田:飲み会とか多いですね、やっぱ。毎度毎度じゃないですけど、濃いですかね。たとえば、「背景を全部話して」って言って、社員にはなるべく「どういう人生を歩んできたか?」って全部聞くんですよ。そしたら、だいたい「第一印象で、ちょっとうちで働くのは厳しい!」っていうヤツほど好きになってしまうんですよ。笑
 
一尾:笑
 
氏田:そんなに苦労したんだ、いじめられて、こういう想いがあって、、って、あぁ、そうなんやねって。仲間と一緒に面倒見るかって。背景を包み隠さず、すべて言えと。それを出すと本人もすごいスッキリして。本当のことを言うことほど恥ずかしいことはないんで、そしたら周りも「実はね、、」ってまた吐き出すわけですよ。で、家族になっていくんですよ。
 
一尾:そういう働く環境づくりも「居酒屋甲子園」優勝に繋がったんでしょうね。
 
氏田:そうですね。
 
一尾:現在、メインで働かれてる人たちがそうですけど、一度自分に関わった人との縁を大切にしてるのがすごく伝わってきて、いいなぁって思います。花苑さんとは若い頃に結構一緒に悪さをしてたようですし。笑。その辺、どんなことして遊んでたのか話せる範囲で。
 
氏田:僕は結構、ガキ大将的な感じだったんで小学校の時は。中高はそんなんじゃないですけど。朝一番、新聞を見るんですよね。
 
一尾:へぇー、偉い!
 
氏田:パチンコのチラシが入ってるじゃないですか?
 
一尾:笑。前言撤回します。
 
氏田;それ見て、イベントの日を確認して。その頃からスケジュール帳持ってて。イベントの日は学校に行かないでパチンコに行くみたいな。そっち系ですね。で、がっつり稼いでワイワイ夜中遊んでっていう。だから暴走族とかじゃなくて、僕らはオシャレな方だったんで。笑
 
一尾:花苑さんも「オシャレだったから、飲食業に進むとは思わなかった」って言ってました。笑
 
氏田:経営者になりたかったんですよね、ずっと。だからお金を稼げるっていうのが良かったんですよね。当たり前に皆がバイトして時給700円、800円っていうのがバカらしいってその時は思ってましたね。お金だけ見てたんで。その時は気付かなかったんですよね~。お金も大事だけど、そのお金を稼ぐまでの経緯がむちゃくちゃ楽しいって事を!
 
一尾:汗水垂らして稼いだ1万円も、パチンコして稼いだ1万円も同じ1万円ですからね。
 
氏田:そう考えたら、感じるモノがあったんで。パチンコに魅せられたんですね、当時は。でもスパッと止めましたけどね。ハタチくらいで。その時から今に至るまで周りにいる人間は優しかったですね、みんな。人をいじめるとかそういうタイプじゃない。ウチのメンバーみんな優しいですもん。
 
一尾:それはお店で接客してもらった時にも感じました。
 
氏田:それに自分に少しずつ自信が持ててきたんで。
 
一尾:そのスタッフに対して自信を持たせるっていう意味で、いきなり店長ポジションにつかせたり、マネージャーに任命したりしてるじゃないですか?その人が持っている役割の見極めとか自信の付け方で注意してることはありますか?
 
氏田:僕は社員を雇用する時に実力とか一切、見ないんですよ。知識・スキルっていうのも欲しいんですけど。よくあるのが紹介されて「僕、10年和食してて店長してたのでガッツリ回せるし、すごい自信あるんで給料40万ください。売上も上げられますんで。」って。「前職はこうこうこうで、この辺がやっぱ嫌で。前々職はこれこれこうで、この辺が嫌で。でも僕は出来るんです!」みたいな。はっきり言ってやりますよ!「要らない」って。
 
一尾:絶対またそう言って次の店に行くでしょうからね。
 
氏田:逆についこの間で言えば、僕は講演とかもたまに有り難い事にお呼び頂いたりするんですけど、先日の講演を聴いて21歳の子が「働かせてください!」って来て、生まれてからの背景を全部、時間かかるんですけど話してって。この時は約3時間。結局、その子は重度の自律神経失調症(鬱に極めて近い)なんですよ。生まれ育った家庭環境が壮絶で。現在病気と向きあいながら「毎日約30錠の薬飲んでいます。」って一生懸命言うんですよ。でも、本人は「ここで働らかせてください!やりたい!」って。ウチは有り難い事に、今はシフトにもっと入りたいって子達が沢山いて、スタッフもパンパンなんですよ。他所とちょっと違って。パートナー様(WOOD HOUSEではアルバイトのことをパートナー様と呼でいる)も社員様も多いんですよ。だから、「大分市じゃ週1日、2日しか働けないから、それじゃ変われないから、竹田に住み込みで行け!住むとこと飯は準備してやる」って言って。そのくらい根性があるんだったら考えてやるって。唯一俺が出来ることって言ったら、それぐらいかなって。ずっと人の目を気にして生きてきて、自分がやりたい事もわからなくて、自分に自信が持てなくて自分が悪いってずっと思ってるんですよね、その子。周りの目を気にして、何でも受けて一杯一杯になって、潰れて。「自分が全部悪いって思ってるけど、自分がまず何したいのか、自分が自分を信じて、何よりも誰よりも一番愛さなきゃダメなんだよ」って話をしたんですよ。そしたら、誰の目も気にせず自分の好きなことしていいんだ!って気付いて、パァッと開けてしまって。その子、祖父母に育てられてるんですね。だから祖父母にちゃんとね、隠してること全部言ったらい~やんって。今の感情を全部出して、まず大学を休学して、こういう会社に出逢ってこういう形だったら雇用してもいいって言ってくれて、僕ここで働きたい!って、本気で話をしなっせって言って。祖父母からは「絶対に大学に必ず復学しなさい、約束だよ」って言われて大学を休学してるんですけど、本人はそれだけが心残りだって言ったから、それじゃダメだって。「まだわからないなら、まだわからない」ってちゃんと言えって。うちで働きだして何ヶ月か経ったら必ずまた苦しくなるから、「復学も出来るか出来ないかわからない」って言えって。今はしたくないんだろって。そこまで言って、祖父母からOKが出たら俺が話に行くって。俺のスタンスを話すって。俺はこういう想いで彼を雇用して竹田に連れて行くって。それをちゃんと解ってもらわんと、彼が竹田で一生懸命働いてるのに、あなた達が毎日電話して「大学に復学はどうなったのとか?」心配だからと毎日電話されても困るって。祖父母にちゃんとわかってもらうタイミングで俺が入っていくって。まずは自分が何をしたいのか?その本人の気持ちを尊重して、あくまで僕たちはバックアップする立場として共に頑張りたい!一緒にバックアップしてくだい!彼は21年間、ずっと自分の気持ちを押し殺してきたんです。僕が家に行き、祖父母に伝えるのはそれだけなんです。そのくらい大事にしてるんですよ。初めて会ったヤツでも。一人一人が家族なんで。弟みたいな年なんでですね。一人一人に執着するんで濃いんですよ。
 
一尾:すごい。本当の家族でも希薄な関係が多い時代に、、
 
氏田:他の人は「薬30錠!? 大丈夫なん!? 他に人おらんの!?」みたいなことはもちろんあるんですけど、自分はどうしたいの?って自問自答して。エリアマネージャーに俺はこうしたいんだって言ったら、僕もそうしたいですって。頑張ります!って言ってくれるんですよ。仕事はたぶん出来んと思うけど、一生懸命やるって言ってるからって。だから人間関係で揉めるってことはよっぽどじゃないと、うちの会社はないですね。
 
一尾:そこまで一人一人のことを知ってもらった上で雇用してもらえると働く側にとっても安心でしょうね。
 
氏田:面接で条件だけでいったら、ほとんど採用できるんですよ、ウチは。でも覚悟を決めるのは自分だよって。飲食業ってキツいし大変だし、あなたが思ってるほど甘くないよって。それでもあなたが本気でやりたいんだったら、ウチはここだったら空いてるよっていうのを伝えるんですよ。だいたい決められないんですよ、本気じゃない人間は。だから最後は自分で決めさせます。じゃないと自己責任にならないんで。あの人に言われたからって、愚痴を言って逃げる事ができるから。
 
一尾:結局、人のせいになりますもんね。
 
氏田:そうですね。
 
一尾:ちょっと話は変わりますが、スタッフとのコミュニケーションの仕方や自分に付いて来させる力と女性へのアプローチ、惹き付け方って違ったりしますか?
 
氏田:女性へのアプローチ!?う〜ん、でも違うでしょうね。
 
一尾:女性対しても結構、ストレートに行く感じじゃないんですか?
 
氏田:あぁ〜、どうでしょうね、、ストレートかもしれないですね。好きになったら結構ストレートでしょうね。でもやっぱり負け試合はしないんですよね。
 
一尾:笑
 
氏田:だから、可愛いなって思ったらちょっと引きますよね。よし、行ってやろう!っていうのは、、この年になったらだいぶ出てきましたけど。少しずつ自信ついてきて。もともとはちょっと危ないね、みたいな。怪我するかもしれないって。
 
一尾:笑
 
氏田:軽ーく探ってみて、動きそうだったら行くけど、動かなかったら行かない、みたいなことはありましたね。
 
一尾:その辺は経営者と視点と一緒なんじゃないですか?
 
氏田:あぁ、一緒かもしれないですね。それはあると思いますね。スタッフはどちらかというと、引っ張って行くにはやっぱりビジョンが大事なんですよね。例えば、良いクルーザーに乗って100人くらいで進んでる大きい会社があるとしますよね。でもどこに向かってるかわからないっていうのでみんな悩んでるんですよ。先が見えないって言って。ウチの船っていうのは一人で始めた、いつ潰れるかわからない泥舟なんですよね。常にヤバいヤバいって水搔き出しながら進んでるような会社なんですよね。でもあそこまで行ったら木の船があるよ、ここまで行ったらもっと大きな良い船があるよって。僕らには宝の山はもう見えてるんですよね。竹田を元気にしたい!っていう想い、日本を飲食を通じて元気にしたい!って想いが、ガンッとあるんで、これにハマった人間っていうのはやっぱ付いてきますよね。ブレない限り。
 
一尾:スタッフには3年後、5年後、10年後どうなっていくかっていうビジョンをしっかりと伝えていくんですか?
 
氏田:そうですね。最終的に竹田をどういう風に元気にしていくか。竹田で働いてるスタッフも結婚したりして、先が見えないって言う同級生がいて。見えるわけないやん、このままで竹田の未来なんかあるわけないんやけんって言って。だからこそ俺たちが今からの竹田をつくっていこうぜ!って。3年前にみんなにバカにされて陽はまたのぼるを作ったことによって見えてきだして。竹田って2、3年で1店舗新しい店が出てきたら良いっていう場所なんですよ。で、その間に2、3店舗潰れてくっていう。市役所の方が言われてました。
 
一尾:笑
 
氏田:そういう流れで10年くらいきてたんですけど、ウチが飛び込んで爆発的に当たったんですよ。3ヶ月予約が取れなくて。24席で毎日1.5〜2回転ずっとしてたんで。あそこは予約が取れないって一気にブワーって広まったんですよね。当たったって言っても竹田なんで、4回転も5回転もしないんで売上はしれてるんですよね。でも、「竹田でやってみたいって思ってたけど人口いねぇしな」って諦めてた若いメンバーがワーっと帰ってきてカフェだったりパン屋だったり、イタリアン、フレンチ、なんとここ2、3年で8店舗くらい出来てるんですよね、街の中に。いろいろな飲食店がひしめき合ってきてむちゃくちゃ面白いんですよ!元気になってる兆候はあるんですよ。だからこそ、もっと働く人の環境も整えないとって、社員が住む用に家建てるぞ!みたいな。2万円とかで住めたらいいじゃないですか?俺が建ててやる!って。
 
一尾:まさに一家の大黒柱ですね。笑
 
氏田:本気でやるつもりでいいますからね。
 
一尾:氏田さんが描く竹田の賑わい創出というか、最終的なゴールはどういうイメージなんですか?
 
氏田:僕のイメージはあまり観光、観光にしたくないんですよね。竹田市も湯布院みたいにどんどん外から観光にってのも大事だと思いますが、でも、本当に竹田市の良いところって沢山あるんで。そこにちゃんと住めるよう体制を市や民間で整えるなりして、移住・定住〜農村回帰〜っていうのを竹田がものすごく力入れてやってるんですけど、それがやっぱりすごい大事で。ウチもチラシにそれ入れ込んで配ったりしてるんですよ。移住してきて、住む家があって、働く場所があって。そうすれば地場で頑張ってる会社も雇用出来るんで。人がいないから雇用がないだけであって、ウチもそうですけど、いるんだったらいくらでも雇用したい。そのために店出すよっていうくらい馬力があるんです。だから大分だけじゃなく外から移り住んできて、良い意味で全部シャッターが空いたら良いですよね。そして、僕たちみたいな勢いのある都会で頑張ってる若者が竹田市に戻って、竹田市と融合したビジネスを展開していくともっともっと面白い市になりますよ
 
一尾:そうですね、これからが楽しみです!では最後になりますが、氏田さんのリーダー論を一言で。
 
氏田:リーダー論ですねぇ、リーダー論を一言で言ったら「愛」でしょうね。「愛」しかないですね。まっすぐ。現代は理屈が多いんですよ。悩んでいるリーダーも理屈が多い。こうこうこうだから、こうしろって言って、やらせるんですよね。で、出来なかったら、やり方がダメだって自分がやらせたくせに裁くわけですよね。そうじゃなくて、その人間が本当に何をしたいのか、何をしたらまっすぐ笑顔で取り組めるのかていうのを感じ取る。まっすぐ感じ取って、まっすぐ伝える。しかし、それだけではうまくいきません!その人がしたいようにやってうまくいくなら、悩まないしみんなうまくいってます。だから時間をかけ「愛」をもってファシリテートする(導く)。全部ではないですが、リーダーが成功できると感じる事を部下が自分の意思でやって成功したと感じさせ、自信をつけさせ自分らしさを強くしていくのが大事だと思います。そうやって自信をつけていった仲間達はもう僕よりぜんぜんすごいです。笑。そうなれば自分で考えて動いてくれますから、リーダーももっと違う視点で自分をみつめる事ができ、もっと成長できます。まずは自分自身がしっかり自分を信じる!愛する!だってリーダーって大変だから!まわりになんて言われようと自分の事は自分が一番信じて愛してあげないと可哀想でしょ。そうやって自分で感じて自分から動けるリーダーにならないと、右行けって言ってもなかなか今の子は動かないんですよ。いいところも悪いところも自分のことを全て知ってもらって。相手のことも全て知っていったらチームはすぐできますよ。みんな言葉が変化球なんですよ。伝えたいことがあるんだろうけど、自分が悪く思われたくないからとか、相手を傷付けたくないからとかね。ビビってるなら、ビビってるって言えばいいし、キツいんだったら、キツいって言えばいいし、逃げたいんだったら逃げればいいって。感じる事をストレートに伝えて、喜怒哀楽を人間らしく感じるままに表現できる人に僕はなりたいし、そんなリーダーに僕はなりたいし、そんなリーダーと一緒に笑いあいたい!そこには必ず「愛」を持ってストレートにぶつかっていかないとダメなんですよね。笑
 
 
 
 
 
従業員さんからのコメント
 
 
大分エリアマネージャーの花苑さん
「僕は10年フレンチにいたんですが、2年前、大分市に初めて出店するタイミングで府内店の店長として声をかけてもらいました。氏田とは同級生で一緒にバカやってきた仲なんです。家庭のことや将来について悩んでた時に氏田から竹田にお店を出すって聞いて。僕からアプローチして久しぶりに会ったら、すごいオーラがあって。地元(竹田)に対する想いだったり、信念がビシビシ伝わってきて。毎日、流れ作業的に仕事してるのがバカらしくなったんです。目を覚ましてくれました。府内店の店長として声をかけられたんですが、お金の管理などは一切したことがなくて、「いきなりお店を任せられても」って思ったんです。でも氏田が「絶対おまえには向いてるから!」って言ってくれて。「よっしゃ、やったろう!」って。笑。でも実際、お客さんと話したりするのすごい苦手で、説明するときも最初はガタガタ震えてました。笑。その内にお客さんから「これ美味しい!」とか直接反応をもらえる喜びを知って、一度ホールを経験して厨房に入ると全然違うんですよ。このお客さんだったら、こうした方がいいな、とか感覚が芽生えて。人を見抜く力が凄いんですよ。可能性というか。僕を店長に抜擢してくれたのも何か感じて見抜いてくれてたのかなって。とにかく恰好良いんですよ。男らしいし。絶対ブレない。自分のことを凄い信じて信念貫いてるし、とにかく周りにいる人たちを大切にするし、約束を必ず守るっていうことが信頼関係を築けていたり、認められたり、人が集まってくることに繋がっているんだと思います。物事もストレートに伝えてくるんで、本気度が伝わるんですよ。それに常に成長したいと思ってるのでスタッフでもパートナー様(バイト)でも良いアイディアがあれば取り入れますし。ちっちゃい変なプライドを持ってない。そこがやっぱ凄いですね。僕たちも「それはおかしい!」と思ったらちゃんと言える環境作りをしてくれてます。想いを共有するところに一番時間をかけます。店舗や厨房器具や食器にお金をかけるのも大切だと思いますが、一番大切なのは、それを使う人じゃないですか?人に対しての投資を一番大切にしてるんです。会議も竹田から皆集まりますし、パートナー様も皆集めてバーベキューに行ったり、旅行に行ったりとか。そういう一緒にいる時間の共有をすごい大切にしてる人です。昔から人の中心にいるとこは今でも変わってませんね。笑」

府内店 店長の深田さん
「社長(氏田)と花苑さんは高校の時の先輩で。遠くから見てる存在というか、社長とは福岡でのバイト時代も一緒で、その時からオーラ出してて。よく奢ってもらってました。笑。そこから10年くらいは販売の仕事をしてたんです。若い時って地元に対してあんまり執着がなくて、出たいっていう感覚しかなかったんですよ。で、前の仕事の転勤で大分に帰ってきました。最初は「あ、大分か」っていうくらいの感じだったんですけど、社長と会う機会があって「地元を元気にするために一緒にやらないか?」という言葉を戴きまして。最初はすごい悩んだんですけど、花苑マネージャーの後押しもあり、「一緒にやろう!」と決めました。入って1ヶ月後に「居酒屋甲子園」決勝っていう時期だったんですけど、竹田のメンバーなんかも皆集まって「出るからには取る!」と心を一つに寝る間も惜しまず練習しましたね。笑。横浜(審査会場)では出る前に社長もバイトの子も含め、皆で手を繋いで輪になって「気持ちを一つに!」ってやったことが印象に残ってます。」

竹田はなれ店 店長
「竹田で水害があった時に社長がボランティアをしてたんですよ。その頃、僕は福岡で働いてたんですけど、Facebookでその事を知って、大変そうだから行ってみようと思って。ボランティアで「久しぶりやねぇ」って盛り上がって。その時に「陽はまたのぼる」話が出て、「後々は、陽はまたのぼるの3号店を出すので、良かったら一緒に働かないか?」って。その時、僕も自分でお店をやろうと思ってて、もう少し資金を貯めてからやろうと決めてた時期だったので、だったら一緒にやってみようかな、と。ボランティアってこっ恥ずかしいじゃないですか?でも、もともと人を喜ばせることが好きな人で。こっちに来て社長や皆を見て、何も恥ずかしくなくなりました。皆がそういうノリなのでお店の雰囲気も自然と良くなるんだと思います。本当に家族みたいな感じです。気を与えるというか、元気を出すとか、やる気をメラメラ燃え上がらせるとか、そういうとこにすごく長けてます。それを考えてやるんじゃなくてナチュラルに出来る才能を持ってますね。「かもしれない」っていう言葉は一切使わないんです。「出来る!」とか「やれる!」とか「想いがあれば伝わる!」とか言い切ります。だから僕らも何か言う時には必ず言い切ってます。そうすると言葉に責任が出ますし、成功に繋がります。言霊を持った人です。」